組織の色/学校のカラーは成績に大きな影響を与える
組織の色で個人の成績は大きく左右される
会社や学校には、必ず社風や校風があります。またそれとは別に、上司や教師との巡り合わせの運不運もあります。残念ながら後者の方は、誰と出会うのか分かりませんから、そこまで推し量ることはできません。でもその出会いさえも組織のカラーによると心が大きいです。だって、その組織で上に行く人間は、その組織のカラーに合う人間だからです。
人との出会いは偶然ですが、会社や学校のカラーは推し量ることができます。その組織の色が個人に合うか合わないかは、子供ばかりではなく大人でさえ仕事の成績に大きく影響します。だから、ある程度危険回避も出来ます。
だから、学校選びは「○○大学 ◇◇人!」という進学実績だけでなく、このカラーを選ぶことの方が大切だと長い経験から思います。
オープンスクールで教師の話なんか聞いても無駄
そのカラーを知るためにためにオープンスクールがあります。
オープンスクールは、学校の説明などを聞くために行っても無意味です。だって、いいことしか言わないでしょ? 「確かに、上位の生徒は ○○大学 ◇◇人! ですが、彼らの進学実績を出すために難しい授業で真ん中くらいの成績の生徒は落ちこぼれて、××大学も行けないんですよ。」なんて言ってくれます?
カリキュラムなんかにしても進学校なら似たり寄ったりです。どこかの学校に行って、「ここは違う!」なんてところありました? 同じような学力の生徒を預かって、同じ大学の入試を目標に学習させるんです。文科省からカリキュラムを縛りもあって、出来ることなんてほとんど差はないんですよ。
オープンスクールで学校の特徴を知るには?
簡単です。説明する教師の内容ではなく言葉の端々や表情、目つきなでから滲み出る雰囲気を感じてください。「ここは合いそうだ。」「ここは嫌だ。」というのが必ずあるはずです。
それは、日頃から生徒に接する態度が自然と出るからです。親の前で取り繕っていても、滲み出るものです。企業の説明会や面接だけでなく、日常会話でも同じです。私たちにはそういう相手の雰囲気を敏感に察知する能力が、大人だけではなく、子供にも備わっています。それが、「ここは嫌だ。」という生理的な相性です。この相性というものは、理性では覆しがたく、人の出会い第一印象で決まると言われる所以です。
それに、企業人などの印象も、「金太郎あめ」と私は感じることが少なくありません。その企業の社員は同じような印象を与える。そういう色の組織に、そういう人間が集まって、あるいは染められているんです。 同じ仕事でもソリの合わない上司の下で気の合わない同僚とでは仕事をしても成果が上がらないのと同じで、ソリの合わない人間に教えられ一緒に勉強をしていてもいい結果が出るわけがないです。
これが、進学実績より校風を選べと言った意味です。
カリキュラムの差ではなく、校風の差で生徒は伸びもすれば潰されもする
同じカリキュラムで課題でも、適当な説明しかせずに課題を丸投げする高校、毎日のスケジュールまで決めさせて頭ごなしに管理しようとする学校から、少し余裕を持たせて生徒本人の裁量の余地を与える学校まで色々です。
そして、高圧的に生徒を管理しようとする学校ともう少し緩やかに管理をしようとする学校では、カリキュラなどが同じでも、オープンスクールで語られる学校教育内容が似通っていても、必ず教師の態度や言葉の端々でその雰囲気が現れます。私たちは、生理的にその校風を嫌悪する、あるいは受け入れるようにできています。
自分の子供がどういう学校に合うのか、子供がどういう塾を嫌がってきたのかよく考えて、親御さんとお子さんが感じた学校の感触から選んでください。「あの学校は厳しく教えてくれそう!」「だから進学実績が良いんだ!」で親が選んでも、管理が厳しい学校なら、自分で選んだ自分の学習をしたい優秀な子供では学校に潰されます。こうして潰された生徒を、結構知っています。
私の経験
私の塾でも、奈良の管理が厳しい進学校(とても有名で優秀です)に嫌気が差して自主退学してしまい、この辺りの中堅公立に編入して、そこで伸び伸びと学習してほぼトップの成績を取り続けて神戸大学に行った生徒がいます。この生徒は新天地でやり直す気力を持っていましたし、親もそれを認める懐がありました。しかし、多くの生徒は学校でヤル気を削り取られて疲弊しても進学校から下野する勇気はなく、見栄のせいで親にもありません。そのまま流されて落ちこぼれて終わりになります。
もちろん、管理教育で伸びるという生徒もいるでしょう。だから、その奈良の進学校は多くの落伍者を出しながらでも、トップクラスの進学実績を持っているのです。学校がそういう生徒を選び、他は切り捨てるからです。その様は、多少なりとも様々な人が心地よく働けるような仕組みがある企業より酷いです。