大学入試過去問題で学力は上がらない/出題傾向の対策のみ
季節柄か、Youtubeやニュース欄などで表示される機会が多くなったので書いてみます
過去問題で学力は上がらない
学力が低く、努力をしたことがない生徒ほど「受験勉強は過去問題をしたらいいんですか?」と言います。過去問題をやることは必要ですが、過去問題をやったからと学力が上がって合格できるわけではありません。
こういうバカなことを聞く生徒が解説を読んで出来るようになる問題は入試レベルのものではなく、教科書レベルの基本問題です。まともな大学ならそんな問題など出すことなどありません。
学力が不足している生徒が有名大学の過去問題をしたところで、分からないは当たり前ですが、解説を読んでも何がポイントかさえも分からないでしょう。学力など上がるわけがない。だからと言って、解法を丸暗記しても解けるような問題を有名大学で出題されるはずがありません。
だいたい過去問題をすれば学力が上がると思う時点で終わっている
過去問題は、基本問題を学習し終えた生徒が、志望大学の出題傾向を把握して対策を打つためにあるのであって、それ以上のものではありません。ボーダーラインに乗っていない学力の生徒が過去問題をしたところで、学力自体が不足しているので無駄です。傾向を見たところで解けるようにはならない。
入試前に過去問題をする以前に、長く地道な基礎学力の養成、応用問題の育成も不足している状態で、その応用問題だけを過去問題の数年分・数問分をやっただけでどうにかなると思っている頭のデキならそもそも有名大学なんか受かるはずはありません。関関同立以上ならまったくもって無理でしょう。
まともな受験生は過去問題を対策にしか使わない
大学によっては出題傾向というものがあります。出題する側の方も得意分野も好き嫌いもあるからです。その傾向を把握し、その傾向の中で不得意分野であれば学習し直す、普通の問題集に載っていないような特殊なものが出題されるのであれば類題を探して学習する、長い自由英作文のように普段の学習で取り組んだことがない物であれば書き方を押さえるためにするもので、不得意分野でもそれなりの問題が解けないレベル、特殊な問題に物怖じして諦めるレベル、自由英作文の前に英作文が出来ないレベルでは過去問題などやってもしかたがない。
もっとも、関関同立ぐらいなら過去問題を学習する必要もない・・かも知れない
関関同立や神戸大学レベルでは特殊な傾向の問題、難問は出ないから普通の入試用の問題が出来ていれば十分だからです。それに、このレベルの大学のボーダーラインでは、どうせそんなややこしい問題は学習しても出来ません。だから過去問題を学習する意味は高くないと思います。
例えば同志社では文系でも数学だけは悪質なほどに難しい問題が出題されますが、過去問題をしたところで同志社の志望者では解けませんし解けるようになりません。だって、神戸大学や大阪大学に合格するレベルでも無理ですから。大学の他教科との得点補正にお祈りをするか、そもそも悪評判の高い数学で受験しないかしかありません。因みに、私は同志社がなぜ数学だけそのようなことをしているのか分かりません。文系に数学を取るような理屈っぽいヤツは来るなということだと思っていますが・・?
これは神戸大学などでも同じです。特殊な傾向の問題は出ません。
ただし、神戸大学より上の国立大では難問を出す傾向が高いので過去問題での対策は必須です。さらに、癖の強い問題が多い早慶にも必須。でもそれなりの学力がないとそもそも対策も無理です。ただし、神戸大学より簡単な地方の国立大学でも大学によっては特殊な傾向の問題を出すところがあるので要注意です。だから、志望大学の過去問題は一応はトライして傾向を見ておくことは必要です。
でも、例えば大阪大学の理系や京都大学の数学では難問は出ますが、こういう難関大学でも最難関の医学科の受験生以外は解けません。結局は他の受験生も解ける問題を確実に解き、共通テストでなるべく高得点を取っておく以外に対策はないのです。地方の国立大学なら猶更です。過去問題の対策は結局はそれほど大きくはないと思います。
過去問題を学習する必要性が一番高いのは共通テスト
特にその傾向は私立や国公立の二次より共通テストで必要となります。なぜなら、私立や国公立の二次より遥かに癖が強い入試で、学力があったとしても問題慣れしてないと高得点は取れないからです。ただし、問題自体は簡単なのでそれなりの学力の生徒が慣れれば劇的に得点が上がるというテストなのです。
例えば、時間を取らせようとするだけの数ⅠAのバカげた文章題、圧倒的なヴォリュームで速読的要素が必要で独特の選択肢の現代国語、同じく簡単だけれど文章量が多い英語などなど、普段の学習やテストではお目にしたことがないようなものばかりですが、問題自体は難しくありません。
神戸大くらい余裕で受かる学力がある生徒でも必要な得点を取れるようになるまでかなりの年度分の過去問題意をして慣れる必要があります。対策を打つというより、今まで経験したことがない問題に慣れる必要がある「共通テストの数学に見る探求思考力問題のクズさ/探求も思考力も必要ない。慣れるのに時間がかかるだけ/中高一貫私立のカリキュラムが有利になるだけ」「共通テストや公立高校の入試問題で長ったらしい数学の文章問題の意図と評価/だからこそのミドリゼミの対策」「共通テストの過去問や対策問題は何年分くらいするのか?」。でも慣れれば、ボーラーラインに乗っている生徒なら確実に合格ラインまで得点は上げられます。そのためには本試と追試合わせて7~8年分くらいはする必要があります。
じゃあ、世間ではなぜ過去問題ををやる学習が宣伝されるのか?
ここまで書いたことは、まともに関関同立や神戸大くらいを狙う生徒なら誰でも分かっていることです。
だから、そのことを分かっていない層、学習も熱心にしてこなかったから学力を上げる努力とはどういうものなのか分かっていない層に今さら何を言っても始まらないし、もうこの時期になってはどうしようもないから「じゃあ、志望大学の問題を解いて見よっか? 簡単な問題ばかりだからできるようになる問題もあるでしょ。」と書いてるに過ぎないのです。
それに、このような層が受ける大学なら教科書レベルの基礎問題しか出ないので、過去問題を学習したら解けるようになるかもしれない。
でもこんなことを、このバカな塾のようにまともに書いたら怒って来てくれないでしょ?だから「過去問題で学力を上げよう!」とノーマルな塾や予備校は宣伝するんです。
「過去問題どう学習すればいいんすか?」と言っている時点で終わっている
以上です。


