学歴とは何なんだろうか/キチンとした子育てが出来ていれば有名大学に入れる?

まともに躾けられていれば大学には行けます!

日本の人口減少から計算すると、親の世代に比べて関西の生徒数は1学年で25万人から17万人に激減しています。その状況で関西圏には主要国公立大学に1学年で1.5万人と関関同立には1学年に3万人の学生がいます。関西圏外からの大学生は関学で1割、神戸大学では3割、京都大学では5割というデータがありますので、大雑把に考えれば3.5万人が関西圏の学生と考えられます。

ということは、上位2割で関関同立以上の大学に進めるということです。

産近甲龍にも1学年で2万人ほどの学生がいますので、上位5万人近く、上位3割で進学が可能です。

日本の大学進学率は50%少しです。だから大学進学希望者の6割にいれば産近甲龍に、4割にいれば関関同立に進めるのですよ。

ここで大学進学する生徒とはどういうものなのか考えてみます。

関西圏の1学年の生徒数17万人55%しか小学校6年生で下の問題が解けません。(文科省学力テストの結果)「「公立中学の通知簿3は、教えるのが無理になってきている」「文科省全国学力テストがありました/上位21%しかまともに学習できていない件」。

この問題は難しいからできなかったからでしょうか?学習方法が分からなかったからでしょうか?このあまりにも簡単な問題でそんなこと言えます?「キチンと授業を聞く。」「テスト前くらい勉強する。」という最低限の躾を45%の子供では親からされていないから、こんなものも解けないのです。

この三角形の簡単な問題が小学生が解ける割合の55%と言う数字は日本の大学進学率とほぼ同じです。

私は長年の経験から、中学受験塾に通っているというようなレベルの話ではなく、まともに躾がされていれば大学に進めると思っています。まともに躾もされずにボケ~っと聞き流し基本問題も出来ない生徒が公立中学では半数に上るからです「公立中学の通知簿3は、教えるのが無理になってきている」「境界知能とグレーゾーンの子供に公立中学では通知簿3がつく?」。そしてまともに躾がされている中の4割で関関同立に進めるのです。関関同立が名門だと言われているのが、私には理解できない。

マトモに躾された子供で少し頑張る気があれば産近甲龍くらいは行ける

日本経済新聞などの学習時間の調査で、「躾がされている6割で産近甲龍、4割で関関同立」を考えてみます。

高2生3割が勉強時間ゼロ 希望進路で差、文科省調査: 日本経済新聞 (nikkei.com)」の記事から分かるように、大学希望者の6割少ししか休日に学校の宿題以外の学習は1時間以上はしません。日本の大学進学率は5割少しですから、その6割少し=全体の35%ほどがまともに学習しているということです。

この35%というのは、最初に出した産近甲龍に進む生徒の割合そのものです。

だから、まともに躾されてきた高校生で、少しヤル気があれば産近甲龍くらい進めるのですよ「学歴とは何なんだろうか?/少子化と大学の定員から考える」。

そして、大学進学希望者で休日にも学校の宿題以外に2時間以上勉強する頑張り屋さんの割合は約4割。全体では2割です。この割合は関関同立や国公立大学に進む割合とほぼ同じです。

更に言えば、産近甲龍より下の大学では偏差値などもはやない状況というのは、この休日に1時間も自己学習できない生徒、ほとんど努力も出来ずに基礎学力もない生徒が受験するからです。

私が思うこと

長年塾をしてきて、産近甲龍のレベルと関関同立ギリギリのレベルには明確な能力差があります。産近甲龍では基本問題も危ないですが、関関同立ではそれはありません。産近甲龍では入試問題集などはできませんが、関関同立だと手が届く。

代表的なのはこの有名な入試問題集で、この問題集は産近甲龍の生徒はできないが、関関同立の生徒は何とかできます。そして、関関同立楽勝と神戸大学の差は、前者はクラブ活動や自分のやりたいことを犠牲にしない範囲で頑張ることと、後者は自分がやりたいことを我慢しても全精力を傾けて未来を勝ち取る強い姿勢にあります。

多くの子供と密接に過ごして感じることは、子供の「学習への適性」の差はもちろんありますが、同時に「努力できる資質」の差の大きさです。この努力の差と言うのが、上に書いてきたようにデータと妙に呼応します。

確かに、産近甲龍に何なんとかという子供の尻を叩いても神戸大は無理です。でも、キチンと躾けられてまじめに学習に取り組む姿勢を持った生徒が、クラブ活動なども楽しみつつまじめに学習していれば産近甲龍には進めるというのが、私の実感です。この実感は文科省の学力テストや日本経済新聞の調査結果と見事に呼応するのです。少しデキが良い生徒がそれなりに頑張れは関関同立には進める。これも私の実感と一致します。

そして、もうワンランク頭が良い生徒が、クラブ活動も楽しみながらの努力では関関同立だが、死に物狂いで頑張れば神戸大に手が届く。これが私の絶対的な経験則です。私が生徒の学習計画を立て進路指導するときは、努力できる資質をまず見ます。

だから、学歴というのは、能力と同等以上に、その人なりにどれだけ努力できるかということを測る尺度として適切なものだと、私は経験上感じざるを得ません。

学歴の意味

受験というのは学校の成績や模試の偏差値という明確な物差しが用意され、いつまでにどの教科をどれだけ頑張らなければいけないかという目標設定も明確にされ、その中での競争です。人から言われたことを、その多くは何の役にも立たないことを愚直に努力することです。

けれど、創造的ではなくそれ程面白くもないが目標は設定されていて、その多くはどうすればいいのか努力の道筋も示されている中で、達成感に喜びを持って愚直に頑張り続けるというのは、ほとんどの企業での、ほとんどの仕事と同じです。よほどのことでなければ研究開発職の仕事にしたって、そんなもんです。

以上のデータや考察より、学歴というのは実務への忠誠を図る上で適切な尺度だと、私は同意せざるを得ません「勉強する理由 なぜ学歴が大事なのか?」。

だから、企業は学歴フィルターで学生をはねるのです。いちいち面接などしなくても、学歴が雄弁に物語っているからです。有名大学の学生は自分がやってきた努力を下位大学の学生はできないことが分かっているから下に見るのです。

一方で、下位大学の学生は「好きなことを我慢してまで頑張る」など自分の経験にないから、上位大学に合格した人間が「好きなことを我慢してまで頑張った」という努力できる較差が分かっていません。だからなぜ大学名だけで就活の書類選考で不合格になり差別されるのか分からない。「学習が苦手でも仕事では頑張れるのに」と思ってしまう。だから学歴差別だと怒ることになるのです。

でも、雇用側からしてみれば、「じゃあ、学歴差別があると分かっている大学の入試で、何でもう少し頑張らなかったの? あなたは仕事では頑張ると言っているけど信じられないんです。そんなことなら、入試でキチンと頑張ってきた人を入社試験の土俵に上げるのはもっともでしょう?」ということになるのは当然のことです。

こんなことも分からないから努力もせずに下位大学に進んで「仕事では頑張るって言ってるじゃん! 学力差別反対!!」などと言うのです。

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芦屋で500人以上、個別指導20年のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。御影高校・神戸高校、関西学院・同志社・神戸大学・大阪大学を目指す特進個別塾です。