塾からも見える日本流/静かな暴動の行く末

オリンピック開催に見る差別意識

今やインターネットの発展により、今までは聞くことができなかった情報を我々は知るようになってきました。今回のコロナの件でも、オリンピックを開催したいがための政府のいろいろな方針が見え隠れしていることを多くの国民が理解しています。もちろん、うがった情報や意図的な悪意に満ちた情報もあります。

例えば、WHOや多くの専門家がPCR検査をして陽性者を隔離すべきだというどの国でもやっていることを、十分にやれる機能がある日本で政府はしなかった。その裏には、陽性者の数が多くカウントされるとオリンピック開催が危うくなるという事実しかなかった。そのため、病院に圧力もかけずに重傷者病床を増やさず医療崩壊を叫び、「陽性者をむやみにカウントしたら、医療体制が崩れる。」などと本末転倒を言っていたとまで言われている。その結果、今回のデルタ株の爆発的な流行で、とうとう医療は破綻した。

一方で、政府が身銭を切ることもない「お願いベースのロックダウン」だけには熱心で、オリンピック期間に飲み屋を開けるな、レストランで酒を出すなと言っている。最後には、帰省するなと言って、老齢で来年会えないかもしれない親に2年続けて会いに行くなとワケの分からない言い出した。さすがに、国民も「オリンピックの入国は自由で、帰省はアカンのか!」とワケの分からない屁理屈をこねだした。

この陰には何があるのか? オリンピックの利権などそれほど大きいものでしょうか? だって、オリンピックの予算の25兆円の9割以上は、会場や道路建設の費用で既に消化されているので、無観客でゲームをするオリンピックなど開催してももうメリットはない。

私はエリート層による庶民の差別だと思います。有名なサンデルという大学教授が述べた「エリートは人種差別・男女差別・LGBT差別には敏感だが、所得格差・地位の格差による差別には積極的である。」という卓越した見識がベースにある。脳内のお勉強の差別には敏感だが、目の前で自分より下の階級でのたうち回っている人間は差別対象になる。

これは、「アタマが良くで人よりデキるオレ」っていう自己満足の上に成り立っている下賤な意識でしかない。だから、政治家や官僚はオリンピック開催という名誉欲と実績にという自己満足には固執したが、庶民や飲み屋やレストランなど庶民などにいくらしわ寄せが言っても眼中にないどころか、いい気味だという考えがベースにあったとしか考えられない。

外国は暴動する/日本は聞き流す

この状況は、二極化が進む社会でみんな肌身で感じていたと思うんです。だから、お母さんと子供をひき殺して勾留もされない元高級官僚にみんな激怒した。医療崩壊で入院待機中に死亡者が続出している中で、コネを使って自分だけさっさと入院した石原伸晃に怒ったんだと思うんです。

けれど、ヨーロッパのようにデモをしたり、アメリカのように暴徒化したりはしない。日本人は、「じゃあ、そんなのに関わってられねぇ」と、レストランや飲み屋を開けだし、旅行や帰省も自由に行いだした。

政府の罰則のない規制など、みんな聞き流して統制が取れなくなってきている。

もちろん、ワクチン接種も進んで、いくらデルタ株が爆発的に流行して東京で感染者5千人という状況でも、死者がほとんどいないという「風邪化」もその背景にはあると思いますが、一般国民が上級国民に反抗し始めた。

この流れは塾でも同じです

昔の子供は勉強が嫌・学校が嫌だと教師に反抗した。それがみんなの共感を生んだ。80年代にはツッパリ文化まで生んだ。ところが、それを過ぎると、嫌なら拒否するということを始めた。いわゆる登校拒否が増えることになった。

学校では嫌なことはいっぱいあって、強いクラスメートには喧嘩を売れないが、家族やお母さんになら喧嘩を売って家に居座ることができることが分かったからです。親が弱くなったとも言えます。昔の親なら「出て行け~」とか「やり返して来い!」と言ったことでしょう。昔は親が怖くて、ツッパリでも親には逆らえませんでしたからねぇ。

ところが最近では状況が1周回って、子供の数が減り、中学受験などで子供の教育に積極的なお母さんが増えて、親が強くなってきた。幼いころからお母さんに押さえ込まれている子供には、親は昭和のように怖い存在ではなく、面倒くさい存在になってきている。

それで、親に強制されると素直に塾に来るが、塾ではボケ~っと時間を潰すようになっています。塾の講師の言うことなんか聞き流して、適当なことをしています。「成績が上がらない子供の暗記・・・写経に挑戦」のような子供たちが実に増えています。

子供の社会は大人の社会を色濃く反映します。「この5年間の生徒・親の変化/中流の崩壊は大人社会だけではない」にも書きました。ということで、言うことを聞くふりをして聞き流しているというのが、日本社会のデフォルトになっていると私は思っています。

例えば、店舗にクレームを言っても現場の派遣やアルバイト社員が「ハァ、すいません」と聞き流して上には絶対上がらない。そんなことをすれば「お前らが何とかしろ!」ってしわ寄せを食らうコロナ対策のようなことを言われるからです。

メーカーのコールセンターに電話をかけても「申し訳ございません。」とコールセンター会社の非正規社員が機械的に謝るだけです。コロナでも飲食店は政府の言うことなど無視して店を開け始めた。客も「店で飲めないのなら、コンビニで酒とつまみを買って公園で飲み会」と政府の言うことを無視し出した。

日本の社会全体に聞き流す文化が浸透しているように思います。

この聞き流す子供たちが大人になるとどうなるんだろう?

オリンピックの規制で起こっていることが、社内でも起こり出すと思います。いくら上司が指導しても、暖簾に腕押し、全く動こうとしない社員が加速度的に増えていくことでしょう。

だって、塾でもそうですから。暖簾に腕押しの子供が加速度的に増加してきている。塾で注意しても、自分勝手なダラダラの勉強方法でマイペースで学習をしてメチャクチャな成績を取る子供が増えています。私の塾のようなベテラン講師が個別指導をする塾でもそういう生徒が出てきだして、塾を辞めさせることになっています。大学生アルバイトが教える個別指導や、集団式の塾で制御できると思います?

私は彼らに困り果てる一方で、勉強に適性もなく努力しても成績が上がらない子供に親や塾が圧をかけている結果、子供は暇つぶしのように机の前に座っているしかないのではないかとよく思います。緊急事態だ、まん防だと圧をかけ続けた結果、「もうムリ。酒も飲むし、帰省もする。」と言っている我々と同じではないかと思ったりします。それでも圧をかけると、親にデタラメなことを言い出し、口うるさいが子供を溺愛し子離れしていない親が子供の言い分だけを信じて塾に怒鳴り込んでくる。

そういう対応に慣れた子供が大人になるんです。いい加減なことをし倒した挙句「オマエなぁ、エエ加減にしろよ!」などと上司が叱責すれば、直ぐにパワハラだブラックだと言い出して労基に行かれて収拾がつかなくなる。

スティーブ・ジョブズのような天才がリーダを取れる社会構造にはなっていない農村社会の日本では、決まりきった作業をキチンとして、外国よりたくさん働いて、それで競争力を維持していたに過ぎません。そして、農村には農民がキチンと村のために奉仕しているか監視する厳しい制度がある一方で、村は一生農民の面倒を見た。これが、日本の成長を支えたと私は思います。

この制度が根本から壊れようとしている。凡庸な労働者がキチンと働かなくなったら、日本は終わりです。アメリカのように天才が社会を引っ張ることも、中国やシンガポールのように独裁で支配することも出来ない。子供とオリンピックを見て、痛切に感じています。

先日も書きましたが、機会平等主義の行きついた先が逆噴射し出した。「上級国民と機会平等/学習塾はそれにおもねる

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