公立中学の生徒の学習方法/通知簿3の生徒
前提:今の通知簿3は親世代の通知簿2
中学受験で優秀な生徒の多くが抜け、その残りの生徒に絶対評価で8割以上つく通知簿3は親世代の通知簿2です「通知簿3の生徒を採らない進学塾/その理由」。
テストで60店から70点を行ったり来たりして通知簿が3の生徒は、キチンと学習していません。問題集を学習するように言っても、分からないところは解答を赤で丸写しして提出するだけです。漢字をおぼえるように行っても、ボケ~っと教科書を眺めているだけです。書き取りなんかしません。
テスト範囲でできていないことがあっても平気です。例えば、社会などで指定範囲まで学習できていなくても、テスト直前に平気で塾を休んで、学習していないところは白紙で出してきます。
通知簿3の生徒/キチンとする・・・それだけです
こういう学習をさせないことが、このレベルの生徒の学習指導になってきます。でも、生来がだらしない子供たちですから、教師が熱心に指導しても空回りして嫌がられることが多いです。「前向きに学習させるために塾に行かせているのだろう!」と当然おっしゃると思いますがとても難しいです。
学習指導ではなく、全人格指導になるからです。今まで十数年間だらしなく育ててきたツケを週2~3回の塾に月3万円ほど払って「どうにかせい!」「厳しいことを言わない、褒めて伸ばして!」と都合の良いことを言われましても・・・ということです「公立中学の生徒の学習方法/通知簿3の生徒」
だから塾はこういう指導をする
ですから、こういう子供が行く進学塾の下のクラスでは、この状態を容認して放置しています。進学実績は上のクラスが上げてくれるから、下のクラスは授業料さえ払ってくれればいいのです。塾側は宣伝ではキレイごとを言っていますが、成績を伸ばすことなど諦めています「スイミングスクールと学習塾や進学校は同じビジネス手法です」。
一方、個別指導ではキレイなお姉さんや優しいお兄さんを講師に雇って子供たちのお話し相手としてもてなします。簡単に言うと、お子様向けキャバクラにホストクラブです。だから個別指導塾って、ガヤガヤと騒がしいでしょ?「教師・講師の能力とは?/個別指導のキャバクラ・ホストクラブ化」
こういう生徒の指導は私にもとても難しいです。保護者の方が「この高校以下なら進学させない。」というような強い意志をお子さんに示している場合以外はお断わりしています。「この子も勉強の仕方さえ分かれば・・」とおっしゃる方も多いですが、お断りしています。根本的に勘違いされていると思うからです。
なぜ親の厳しい姿勢が必要か
私が20年以上、こういう子供たちを見てきて、彼らが本気を出すのは「重大な危機」に面したとき以外ありませんでした。テストの点数が少し悪いとか、「これ以上成績下がったらあかんで~」程度の親の説教など効きません。そんなことは、こういうお子さんを育てられてきてご存じのことかと思います。
彼らが唯一本気を出すのは、中学3年生の2学期末の面談で志望校を下げられ、冬休みにその志望校の過去問題をやって合格点を取れなかった時です。「行く高校がない。」という重大な危機に面して、初めて本気になります「中学3年の冬休みまで本気を出さない子供たちの将来」。
それまで3年近く「できない。」「おぼえられない。」と言ってきたことを入試までの2ヶ月弱ですべて克服して合格点を取ってきます。言い換えれば、中堅校の合格点などこういう生徒がこのようにして取れる点数なのです。
だから、その状態を親御さんが作ることです。「褒めて・・・」とか「長所を伸ばして・・・」とかの親にうれしい教育論法はこの子供たちには通用しません。その結果が今なのですから、方法を変える必要があります。
ほめて育てればいい子供とは?
自分で頑張って前を向いて進んでいく子供に、大人が旧来の価値観や自分勝手な志向を押し付けて邪魔をしてはいけないというのは私も同意します。そういう子供には、子供の姿勢を挫かないようにアドバイスして背中を押してあげなければいけません。
でもそういう子供なら、優秀な私立受験組が抜けている公立中学なら通知簿など4と5で埋まっています。今の公立中学で通知簿に3がついているのは、「勉強が不得意」であるか「やる気がない。ダラケている。」以外はありません。中堅高校にほどほどの成績で進んで、学歴とは言えない大学に進むことになります。将来苦労するに決まっている。
前者であれば、学習塾などに行かせて「勉強のやり方が分かればこの子も・・・」と言うのではなく、頑張れる他の道を探してあげるのが親のやることでしょう。後者であれば「勉強のやり方が分かればこの子も・・・」という以前にその性根を叩き直すことではないですか?
「褒めて育てる。」「子供の個性を」というような、親が喜ぶ言葉で客寄せをする教育業界に騙されてきたから2カ月でできる学習を3年間も「できない。」「わからない。」という子供になっているのです。