努力できる遺伝子/グローバル化・中流没落が生む選民思想

努力できる才能は遺伝である

ほぼ同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児では、養子縁組などによって全く違った家庭環境で育った場合でも、非常に似通った育ち方をする。生育環境が同じ養子先の子供より、全く生育環境の違う双子の兄弟が相関関係のある育ち方をするということは「子育て論の本質/親の教育など無意味だが学校の影響は大きい」で以前書きました。

最近、もっと大々的にこの手の調査がミシガン大学とテキサス大学で行われ、Psychonomic Bulletin & Review という専門雑誌に発表されました。

この調査では、努力を継続できる能力をクラシック楽器の練習を長期間に渡って続けられるかどうかで調べています。その結果、養子に貰われた一卵双生児の間には、努力の継続に密接な相関関係があると言うことが分かったそうです。

ここで注意ですが、この努力の継続によって音楽的な才能が花開いたかどうかは別です。音楽の成功は特殊な能力が必要ですから、多くは成功しなかったはずです。だから、あまり上手にもならないことにコツコツ努力できる才能を調べたということです。

楽器をコツコツ練習できる才能なんて受験と同じです

だって、多くの生徒が真面目に勉強して偏差値70、京都大学なんてことはあり得ない。コツコツ勉強して、学習に対する才能に見合ったそれ相応の学校に進むしかありません。でも、それでも腐らずに努力し続けることができる子供は、まあ普通の能力があれば、私の経験からは甲南大学程度には悪くても進める。少しマシなら関関同立に行ける。

仮に大学に進学しなくて職人さんの道を目指したとしても同じだと思うんですよ。先輩などからのキツイ仕打ちにも耐えてコツコツ努力を積み重ね技術を習得して一人前になるには、努力できる才能が必要です。「勉強する理由? 学歴と修行はそっくり」「職人の修業期間の理由/学歴と同じ「辛抱」を図る期間」の通りです。

この役には立たないことでもコツコツと努力していける素質は、会社員でも職人さんでも、あらゆる「普通の人間」に必要な最大の資質です。「勉強する理由 なぜ学歴が大事なのか?」の通りです。

私の塾での経験も同じ

20年以上子供を個別指導で教えてきましたが、努力できるかどうかは生まれ持った資質だと私も思います。けれど、ここで親は誤魔化されます。適当に手を抜いて時間を潰す子供がものすごく多いからです。

昔のように反抗して嫌だと言う子供は減っています。反抗すると過干渉な親が煩いからです。だから親から逃げて塾に来きて、ボケッ~っと学習しているのがとても多い。塾の宿題もテキトーに解いて〇×をつけて提出するだけ。時には解答丸写しです。そんなのに取り合って熱心に怒っても成績は上がらないので、塾は「塾にも来てます。宿題もしてます。」と責任を回避して終わりです。でも、そのことが分かっていない親は、「塾に行ってるのになんで成績上がれへんのやろ?」となる。「進学塾の過大な宿題と進学実績」の通りです。

逃げずにキチンと努力できて関関同立以上に進む生徒など、あらかじめ決まっています。ですからこのキチンと努力できて、教えれば相応に成績が上がる子供を塾も学校も取り合いをしている訳です。「通知簿3の生徒を採らない進学塾/その理由」の通りです。

ということは、寿命は遺伝子で決められている

肉体的な健康面でも遺伝子は重要です。病気の多くは遺伝的な影響がある。それに加えて、努力できる才能で社会的に満足できる人生を送れるかどうかも決まる。しかし、その成功は、遺伝子で決定されている。遺伝子は、ガンなどの肉体的な面だけでなく、性格や知能の面でも私たちの幸福と寿命に大きな影響を与える。

日本が長らく過ごしてきた「一億総中流」の価値観では、努力しないで適当なことをしていても、成長過程にある人手不足の社会では相応の役割が与えられ、みんな中流で幸せな人生が送れました。しかし、そんな社会など、今の60歳代後半の世代で終わっているんです。成長が止まった日本社会では、みんなにポストが分け与えられることはなく、今あるポストの奪い合いになっている。いや、今あるポストで同じ仕事でさえも非正規や契約社員に置き換えられている。今の子供はそんなグローバル化が生む格差社会の中で生きて行かなければいけない。

だから、遺伝子がその子供の幸福にますます大きな影響を与える社会になっている。一度でも幸福の階段から滑り落ちれば、悲惨な社会が待っている。その結果の自殺が増加している。「女子生徒はよく見るべき/グローバル化は女性の貧困を生む」。

勝ち組に入っている層は、同じ仕事をしている職場の仲間の給料が1/3でも気にしないどころか、非正規だから当然だと蔑むようになっています。これを選民思想と言わずして何という。選民思想など一般論では受け入れられない考えですが、多くの人間はその差別を行使して自分たちの地位や待遇を守っている。グローバル化による中流の没落が選民思想を生んでいるのが今の社会の現実だと思うのです。とても嫌なことではありますが。

今回のオリンピックなどそうとは思えませんか?

コロナの不況で苦しむ一般庶民をさておいて、オリンピックで儲かる一部の大企業と関係者のためだけに大きな規制が引かれ、さらに国民は困窮している。けれど、上流階級で利益分配に預かる連中は、困窮する庶民など眼中にない。無観客で倒産するホテル、アルコールも出せない飲み屋など眼中にはない。まるで選民思想です。

愚かなのは、その差別される側が、オリンピックのお祭り騒ぎで盛り上がって誤魔化されていることです。だから、いいように扱われている。

法人税の減税分が、消費税の増税分と綺麗に補完関係にあり、「年金介護」の名目でしわ寄せはすべて庶民につけられていることなどもオリンピックとまるっきり同じです。増税が年金だと言って誤魔化して、自分たちは利益に預かれば一般庶民などどうでもいいと思っている。大企業の選民思想そのものです。

呑気にオリンピックを見ていいる一方で、その選民思想を肌身で感じているから、大企業信仰・高学歴信仰が年を追うごとに増している。でも、努力できる才能は遺伝子で生れ落ちた時には決められているんです。

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