成熟が遅れた男子が大学受験に失敗し、ジョブ型雇用で早期リストラされる
1. 関関同立入試で起きている男子の成熟の遅れ

| 大学名 | 文系学部の男女比(※) | 理系学部(工学部)の男女比 |
| 関西学院大学 | 男 33% : 女 67% | 男 89% : 女 11% |
| 神戸大学 | 男 76% : 女 24% | 男 85% : 女 15% |
| 大阪大学 | 男 73% : 女 27% | 男 85% : 女 15% |
データを見れば明らかなように、知能指数の分布において中間層から上位にかけての女子の優位性に加え、思春期における精神的成熟の速度差が、入試結果に顕著な偏りを生み出しています。しかし、この人数最上に関関同立レベルの大学では女子の学生数が多いです。
現代の大学受験、特に関関同立をはじめとする難関私立大の文系入試では、日々の学習管理や地道な基礎の積み上げを堅実にこなす女子生徒が着実に合格枠を押さえる一方で、同等の素点を持ちながらも、目の前の安楽に流れて努力できない男子が増えています。塾の現場で教えていても、自分の将来と今の努力が理解できない中学生のような男子高校生が激増しており、精神的成熟が遅れた男子生徒の失速が目立ちます「神戸大と関関同立で男女比が逆転する 10代男子の精神年齢と学力問題」。
もともと精神的な発育は男子の方が遅いのですが、かつては「男子が家計を支えるべき」という社会的規範があり、この厳しい教育方針がその男子のお尻をひっぱたいて何とか整合性を取っていました。しかしこの社会風潮が薄れたこと自体は時代の変化により、結果として明確な動機づけや危機感を持たないまま、漫然と過ごしてしまう男子生徒が増加しました。
自走力を持って神戸大以上の難関国公立大を目指す一握りの層を除き、中上位層に位置するはずの男子が自覚を持てないまま受験期を浪費してしまうケースが、指導現場でも後を絶ちません「国公立大学がダメなら関関同立で!は失敗する/特に男子多い?」「小綺麗な男子高校生は淘汰される/現代と江戸、そしてネズミの社会から見る遺伝子淘汰のパラドクス」。
2. 先行する米国と日本で始まる「大卒ホワイトカラーの30代リストラ」
しかし、その先に待つ社会の現実は、彼らが考えている以上にシビアです。先行する米国の労働市場を観察すると、それなりの名門校を含む大学の文系学部を卒業したホワイトカラーであっても、20代半ばの段階で技術を持つ配管工や電気技師などの現場職に初任給で及ばない事例が常態化しています「令和の選択 新卒の雇用も欧米に近づく」。
関関同立からも取りこぼれる男子が多い中、このように思春期で成熟が遅れた男子が二流大学に進んだとしたら、将来はどうなるでしょう?
かつての日本型雇用のように、20代の低賃金や雑務に耐えれば40代以降に年功序列で昇給し、雇用が定年まで保障される仕組みはすでに過去のものです。日本国内でも中途採用の比率拡大や早期退職募集の低年齢化が進み、30代後半から40代にかけて組織内でごく一部のマネジメント層に上がれる人材以外は、常に人員整理の対象となる環境が整いつつあります。
3. 「ジョブ型雇用」という耳触りの良い言葉に隠された冷酷な解雇の論理
こうした構造変化を覆い隠す形で、近年メディアや企業で盛んに喧伝されているのが「ジョブ型雇用」という言葉です。
職務内容や責任範囲を明確に定義して成果で処遇するという本来の趣旨とは裏腹に、若い世代の間では「決められた範囲の作業だけを淡々とこなしていれば、余計な責任を負わずに済む働き方」として都合よく解釈されている節が見受けられます。これはこういう男子の大学受験での受動的な学習そのものです。
しかし、職務が固定されているということは、その職務の市場価値が下落した際や、技術革新・アウトソーシングに代替された際には、会社側がポストごと契約を終了できることを意味します。それ以前に、そんな程度の仕事なら、新しく入ってきた年下のより給料が安い若手にとって代わられ、新入社員が入ってきた分だけ30歳代でリストラに押し出されるということになります。
ジョブ型雇用とは決して従業員の安寧を保障する制度ではなく、組織が抱えるこういうやる気のない社員を早期に整理するための仕組みでもあります「超一流大学じゃないと大学卒の意味はなくなる? ジョブ型雇用を勘違いしていないか?」。
4. 責任と競争から逃れ、安楽死を望む無気力男子の結末
知能や資質に恵まれながらも精神的成熟を欠き、自ら高い目標に向かって負荷をかけることを避けてきた男子生徒ほど、この「ジョブ型」が提示する限定的な働き方に安楽を見出そうとします。
「指示されたことだけをこなして平穏に生きたい」という思考は、厳しい競争や失敗の恐怖から逃れるための防衛反応に過ぎません。
しかし、前述の通り、代替可能な定型業務にとどまる人材を企業が40代、50代まで高待遇で抱え続ける余裕は現在の日本企業には残されていません。受動的な態度のまま社会に出ることは、自らキャリアの選択肢を狭め、30代後半での行き詰まりを確定させることと同義です。
5. 評論家の「去勢ビジネス」と親の怠慢を捨て、現実の負荷を課せ
このような状況を招いた背景には、教育界や家庭環境の姿勢も少なからず影響しています。「褒めて伸ばす」「子どものペースを尊重する」といった耳触りの良い教育論を掲げる評論家は、子どもの自尊心を守ることを優先するあまり、現実の社会で不可欠となる「理不尽に耐え、泥臭く結果を出す力」を育成する重要性を語りません。
そうした言説を無批判に受け入れ、我が子と本気で向き合って負荷をかける労力を避けてきた親の姿勢も、結果として子どもの自立を遅らせる要因となっています。
大学受験とは単なる知識の習得にとどまらず、課された高いハードルに対して自らを律し、やり切る経験を通じて精神的な成熟を果たすための貴重な機会です。耳に優しい言葉で現状を肯定するのではなく、来るべき厳しい現実を見据えた上で、自らの足で立って結果を出す覚悟を育てることが、今まさに求められています。


