芦屋という地域の学習特性

芦屋の教育環境は甘い

随分以前ですが、私の知り合いで中学受験の大手塾の講師をしていた方がいました。職場は神戸の西区のニュータウン。教える子供は、ほとんどがサラリーマンの子供です。サラリーマンは学歴が命ですから、保護者の子供への姿勢も厳しく、当然塾も講師も厳しく接していました。ところが、転勤で東灘の岡本の教室に移動になり、以前と同じ調子で生徒を締め上げたところ、一発で保護者からクレームが入り、教室長から呼び出されて「東灘や芦屋は西区とは違う。」とお説教されたそうです。

芦屋の教育環境が甘い原因・・とても失礼なことを勇気を持って書きます

私もそれは強く感じます。子供に対する姿勢が甘い、進学に関する実感も夢見心地・・と感じることがままあります。その原因は、芦屋という生活環境にあると思っています。

芦屋に住んでいる方は、非常にラッキーな方だと私は思っています。正直、そのことが甘い教育の一番の原因だと思っています。企業に勤めているサラリーマンでは、文系なら地方の営業所、理系なら、かつての私がそうであったように、田舎の事業所に勤務して恵まれない日常生活に嘆いている方も多い。私は同じ会社で同じ給料でも、配属される事業所の環境によっては、給料格差以上の圧倒的な生活格差が生まれることを身に沁みて知っています。芦屋で住居を持てる職場に勤められることは、ものすごくラッキーです。自営業なら、厳しい経済環境の中、芦屋に住めるような収入をあげられる方は少数です。

もちろん、苦労してそのポストをつかんだ方も、自分でビジネスを立ち上げて死ぬ思いで成功して芦屋に家を買った方もおられるでしょう。でも、苦労しても、死ぬ思いをしても、上手く行かない方の方が圧倒的に多い。それに、偶然に大阪や神戸の事業所に転勤になってリーマン・ショック後にマンション価格が下がっている時に芦屋で上手くマンションを買えた方、あるいは家の事業を引き継いだ方も多いんです。

私が一番感じるのは、そういうラッキーな方の多くは、自分がラッキーだということがお分かりになっていないことです。こんな事書いたら嫌われるだろうけど、様々な芦屋の方と接してきての正直な感想です。

入試にラッキーはない、だからラッキーな方は反発する

逆説的ですが、成功者の多くは「人一倍努力した」と考えます。けれど、同等の才能で、それ以上に努力しても失敗する方はたくさんいます。失敗した方は「努力と才能の上に運がいる」ということは分かっていますが、成功者は分かっていない。芦屋に住んでいるラッキーな方は、運が人生を幸福にしていることを意識していない。結果的に「実力のみが支配する」「運はない」入試に対する認識が甘くなるんじゃないかと感じるんです。

「何か知らないけど受かった。」ということは入試ではありません。関学に受かる子は関大にでも同志社にでも受かる。もちろんボーダーでは、こっちは受かったがあっちは落ちたというはあります。でも、関学にカスリもしない生徒が関大に受かることは、これは絶対にない。なぜなら、「この科目では昨日丸暗記したところがたまたま出た。」で解けるような単純な問題は入試では出ないからです。それに、他教科で「苦手なところが出た。」ということも並行して起こるからです。だから、模試などでも、今回は数学はたまたま良かっても、英語はその分悪くて総合順位はあまり変わらないということがほとんどです。 緊張して実力が発揮できなかったとかミスをしたとかで本来受かるはずの大学に失敗した事はあっても、普段60点の生徒がその時だけ80点を取って合格することはほとんどないんです。 入試では、運は悪い方には出ることは合っても、良い方に出ることは殆ど無い。

こういうことから、ラッキーな人生を歩んできた方に「学力だけで人を判断する入試は不平等だ。」と言われる方が多いんだと思います。ラッキーは入試にはないですから、不満を感じるんです。私のような人間には、ラッキーな方に油揚げをさらわれない分、実力だけのペーパーテストはすごく公平な制度だと思えます。

なぜ長田高校は神戸高校より進学実績が良いのか?

こういうことを書いても「そんなことはない。私も分かっている。失礼な!」と反感を買うと思います・・・でも、ご主人と同じ会社でも田舎の事業所で働いている社員の奥さんが、ランチをできるような店はファミレスと居酒屋のみ、スーパーマーケットでさえ車で20km走らないといけない環境で過ごしていることはお考えになったことはありますか?そういう方が、ご自分が芦屋の小洒落たランチで楽しんでいるのと同額のお金を、田舎道を走るガソリン代とイオンのマクドナルドで使っているなんてお考えになったことはおありでしょうか?

多くは神戸西部の工業地帯で勤務している、サラリーマンとしてはあまり恵まれない環境の方の多い西区などの方が子供への教育は厳しいのは、ラッキーはないから努力だけはしないといけないと思っているからです。その結果、サラリーマン校区の長田高校は、阪神間の子供が通う神戸高校より大学進学実積が優れているということになっています。

もちろん、学歴と勤務先でしか他人との比較尺度がないサラリーマン社会の西区のニュータウンより、多様な職業の方が住んでいる芦屋の方が親も子も価値観は多様であって然るべきです。しかし、学歴ということを目指すのなら、サラリーマン社会が相手になるのですから「多様性」などと言い訳はできないんです。

転勤族はよく分かっている

以前、私の塾の周りは銀行の社宅がいっぱいありました。そのほとんどは、もう売りに出されて、マンションに建て変わっていますが・・。生徒と話すとアチラコチラに転校してきた子供も多くいました。ところが、彼らのお母さんが芦屋に引っ越してくると「ネェ~、アナタァ~ン、子供も受験があるしぃ~、そろそろマンションでもって・・」とダンナ様に久しぶりに甘い声で囁きます。様々な住環境を知っているお母様方は芦屋を高く評価して、ここを終の棲家にするんです。こういう方では、受験競争の厳しさを分かっている方が多いです。子供の学力も、割と客観的に「ウチの子ならこの程度」と判断されている方も多い。

芦屋の中での教育意識の差

以上書いてきたことが子育てや進学も含めて、芦屋の方が教育や進学への見方が甘くなる原因であると、多くの方と接してきて思っています。私がブログに書いてあるような「教育業界の甘言を剥がした真実」がそういう方には面白くない原因でもあると思います。

でも、この意識の差は芦屋の中でもあります。芦屋でも高級住宅街の山手にある中学より、普通のマンションが並ぶ阪神沿線にある中学のほうが競争も厳しいです。芦屋でも進学塾が阪神沿線に集まり、個別指導塾などが山手に集まるのはその結果です。 以前塾に通っていた子供のお母さんで学校の給食を作っている方がいました。その方が仰るには「山手の中学の子供はアレが嫌いだコレが食べれないと給食を残すが、阪神沿線の中学の子供は給食は残さない。」。この言葉がすべてを表しているような気がします。

多くの方が高級住宅地の山手のほうが教育も熱心だと思われていますが、熱心ではあるが厳しくはないんです。コレが給食のおばさんの言葉であり、一番最初に書いた塾の講師が受けた洗礼です。

もちろん、子供も甘い視点しか持っていない

多くの子供は、芦屋という日本でもおそらく一番恵まれた住環境しか知らずに育ってきています。あるいは、この地に長く住んで、今の生活環境が当たり前だと思っています。特に私の塾がある地域は一番山手の中学校の校区にあります。子供たちは小洒落たレストランやセレクト・ショップが並ぶ芦屋川沿いの小道を進み、美術館なども点在する芦屋の中でも指折りの高級住宅地の坂道を登り学校に向かいます。もちろん、すれ違う車はメルセデスやレクサスです。子供たちは、そういう生活環境が日常で、当たり前で、努力しないでも普通に与えられているものなんです。

この地に住むには、頑張って高収入を掴むか、親に恵まれているか、ラッキーがあるかしかないということが分かっていない子供が大半です。そういうことを教える保護者も少ないです。

その結果・・

私はこの地で20年以上塾を開いています。でも教え子に会うことはほとんどありません。みんな芦屋から離れていくんです。多くの人が住みたくてしかたがない芦屋から巣立っていくんです。一流企業勤務で東京に行くなどのポジティブな理由だけでない、というかポジティブな理由で芦屋から離れていく子供は少数です。

彼らの多くは、芦屋から離れざるを得なくなって、初めて自分たちがどういうところに住んでいたのか思い知るはずです。そうならないように、私はここに書いたようなことも子供には話すんですが、みんな「?」という怪訝な顔で私を見るのみです。「三田の方に、お父さんにドライブにでも連れて行ってもらいな。」「大阪の環状線にでも乗っておいで。」「あれが、普通の暮らしなんやで。」と私はよく生徒に言います。

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芦屋で500人以上の個別指導の実績を持つベテラン講師が、定額で、毎日何時間でも指導します。来塾時間も帰宅時間も制限はありません。クラブなどと両立してなるべく多くの時間を学習して下さい。

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