マクドナルドの思い出/ほめて育てた結果か?

マクドナルドのアルバイト管理をバカにしていた友人

私の高校は、まあ二流チョイマシという程度で、レベルで行ったら今の神戸高校か少し下くらいの高校です。でも、校風は神戸高校と正反対で、軟派・文武まったく不両道、制服はなしで服装の規制もないという見上げた高校だったわけであります。

高校1年生の時、クラスメートで一人だけアルバイトをしているのがいました。アルバイト先は阿倍野のマクドナルドです。模試の帰りに、私もよく行ったものです。

ところで、その友人がマクドナルドをディスるんです。「マクドはな、来る客全員に、『お持ち帰りですか?』って聞かされるねん。アメリカ人って、客見て持ち帰りしそうか、店で食いそうかも分かれへんアホらしいわ。」

マクドナルドのディスりに深くうなずいた級友たち

「そんなもん、学校帰りの高校生が持ち帰るはずもないし、『ハンバーガー4つ』って頼むオバちゃんが店で食うわけないやんけ。」とその友達が言うのを聞いて、「そうやな、アメリカ人ってアホやな」と私たちは深くうなずいたのです。

当時、喫茶店のお手伝いなどはアルバイトの王道です。店主には「お客さんに失礼のないようにしてな。分からんとこあったら聞いて。」と言われれば、それでOKだったんです、一から十まで「いらっしゃいませ」「何にいたしますか?」「お持ち帰りですか?」とマニュアルで決められてはいなかったんです。

なぜか? 当時の高校生では「失礼のないようにしてな。」で話が通じたからです。子供連れの親がいれば、言われなくても子供用の椅子は用意したでしょうし、大勢の客が来ればテーブルを寄せて対応したでしょう。先輩アルバイトや店主のやることを見て、何をすればいいのか分かっていたからです。

アメリカ化した子供たち/ほめて育てた西洋風の教育結果か?

けれど、今の子供にそれができるのか?と言われれば、私は2/3の生徒で無理だと答えます。特に成績が真ん中より下の生徒では、ほぼ無理だと思います。学習と同じで、ボケーっと指示待ちをしていて、「これやったんか?」「・・・アッ・・わすれてました」を繰り返すと思います。マニュアルがないと無理なんです。昔もアルバイトをする生徒の成績などよくありませんでしたが、彼らはマニュアル無しでも自然と出来たと思います。

この差は一体何なのか? 頭の歯車の全く動かない子供に、すべて準備し、すべて指図しないといけない私は「マクドのマニュアルはもっとっもだ。」と日々身につまされています。豊かになり、親は子供に「コイツも何とかしてメシを食えるようにせなあかん。」と厳しく育てるようなことはなくなり、「子供の可能性だ」「自主性を大切に」などと言う先進国と同じ子供の育て方をしているからだと思います。それは、親が子育てに将来の危機感より、「子供に嫌われたくない。」「そんなことを言うと、面倒なことになる。」という逃げが許容されることでもあります。「ほめて育てるの裏側/子供を犬扱いした言葉です」の通りでございます。

こういう子供の自主性を大事にする子供の育て方で手本になっているのは、北欧諸国です。ところが、北欧の子供たちは、日本の子供と違って、ものすごく躾が行き届いています。公の場で走り回り周囲に迷惑をかけるような子供はいません。親を歓ばせるために、そういう国々の一部だけを切り取ってきて「お子さんを褒めて育てましょう」「ウチの塾は叱りません!」と教育業界が客寄せをした結果です。「日本の子供の躾を考える・・まともな学校に進学させるために 」に書いた通りです。

ということで、派遣社員の増大は会社の都合だけではないと思います

もちろん、今でもキチンと考え行動できる若者はいますし、昔も一から十までお膳立てしないといけない子供もいました。あくまで比率の問題です。

でもキチンと考えられる子供が少なくるに従い、正社員で雇われる若者が減り、派遣や非正規で雇われる若者が増えてきたのではないかと思っています。だって、「お客様に失礼のないようにな!」という指示でOKなマトモな若者以外は正社員で雇いたくないしょう。子供を教えていて、私は実感していますよ。マクドナルドのマニュアルが必要な、自分から何もできない若者など非正規でしか雇わないんです。

こうして、非正規雇用に選別される若者は、ヨーロッパやアメリカの後を追うように増えていきました。ところが、こういう先進国との違いは、彼方は非正規も正規も職能給で、時給は同じという点です。日本は人件費削減のために派遣法を改悪して、ここでも先進国の都合の良いところだけを取り入れたんです。

ところが、ここにグローバリゼーションと学校の教育制度が絡む

この自分から何もできない子供をより一層量産したのが「ゆとり教育」です。最低限の知識の詰め込みも、それを表現できる読み書きそろばんも修練させずに、「キミの感じたままが一番さ!」「みんな世界に一つだけの花なんだ」なんて言って、考える手立てを学ぶ・それを使って考えようとする教育を放棄し、マニュアルがないと何もできない子供を量産したんです。

ゆとり教育は親にとっても都合が良かった。まず、成績の悪い子供を持つ親では「子供の可能性は勉強だけじゃない」と安心材料にできます。一方で「学歴だよりのサラリーマンになるしかない平凡な子供に何をアホなことをするねん。」という親は、自分達だけが中学受験してまともな学歴と職業を掴めばよいので、ライバルが減ってよかったんです。

だから、私立の進学校や進学コースが量産され、公立の神戸高校の進学実績は昔の御影高校の上半分レベルにまで落ちています。多くの子供が中学受験することで優秀な生徒が分散し、貧しい家庭でも進める公立の高校のレベルは下がってしまった。結果的に、貧しいが優秀な子供、あるいは親が放任している子供を蹴落とすことができるようになった。そうして育った子供たちが、正規・非正規で就職し、まともな家庭を築いた大人と結婚もできない大人に分かれて、やっと世の中では「二極化だ」と騒ぎ始めたんです。

ところが、ゆとり教育が廃止され、マニュアルも守れない公立校の下半分は切り捨てられる

こうして豊かさの盛りを過ぎた平成に、中国相手のグローバリゼーションの中で人件費抑制競争が始まり、巧みな教育政策でアホで安い労働力を文科省は量産したんです。この一連の派遣法改正とゆとり教育は、小泉純一郎や竹中平蔵などをはじめとして、平成の大プロジェクトとして経団連や政府の官民が一体となって行ったと私は思っています。

だから、労働力が不足してきた平成の末期からはゆとり教育は廃止されました。教えていても、公立中学の上半分のレベルはゆとり時代とは別物になっています。親の言うことも厳しくなって、ゆとり時代とは違います。

その中で、ゆとり時代と同じレベルの公立校の下半分は他の子供たちに水を開けられ、取り残され感が凄まじいです。移民法を改正し外国人の技能実習生が増えれば、マニュアルも守れない子供たちは非正規でも雇われない。ホームレス以外はありません。要するに、「もうダメな奴らは、切り捨てよう。」と言う社会が始まったんだと思います。竹中平蔵などが提案している、社会保険を廃止してメシが食える程度の金を給付するベーシックインカムは、こういう目論見で生まれたものだと思っています。

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