教科書の本文をノートに写させる教師/最低の英語と古文の教師
意外と多いです。
英語ならノートの左側半分、古文なら一行おきに教科書の本分をノートに写経させて、そこに自分の解説を書いて行かせる教師って、実に多いです。それで、そのノートの提出で平常点をテストの点数に上乗せするから、生徒も無視できない。自分の思う通りのキレイなノートを提出させて悦に入るためだけに、生徒に過大な労力を押し付けるこういう教師って、実にタチが悪い。
そんな教師ほど、ロクな解説はしていない
そんな教師ほど、英語や古文の品詞を書き込ませるだけで、文型や助動詞の接続の観点から、なぜその品詞になって、そういう訳になるのか全く説明していない教師が多い。説明しても綺麗なノートにはならないから、ひたすら板書をして生徒に写させる。
教師が板書で書くくらいのことは、生徒に配っている参考書に書いているし、古文の品詞なんかは教科書ガイドに全部載っている。そんな参考書とガイド丸写しの板書ばっかりして、生徒に写させて、何の意味がある。ハッキリ言って、給料ドロボーだと思います。
まともな授業とは/進学校でもない
その参考書やガイドをまとめたプリントでも配って、なんでそう考えるのか、どうしてそうなるのか解説するのが授業であって、こういうノート大好き教師ほどまともに説明している教師は少ない。そのために、英文法も古文も素晴らしい参考書や問題集が生徒に配ってあるでしょう。教科書の現代語訳だけして、あとは「やっとけ」という教師がとても多いです。
これ、中堅高校となら、「生徒がまるっきり勉強しないから、せめてノートにキチンと書かせておぼえてもらわんと。」って言うのは分かるんですが、トップクラスの進学校でもこんな下らん授業してる教師が非常に多い。
何でこんなことがまかり通りのか
それは、教師の授業などを評価するシステムがないことが原因です。学校という組織は、管理職は校長しかいないので、各教師の授業や生徒指導にまで目が行き届かないんです。それでいて独立性の高い先生稼業なので、先輩や同僚との指導や相談もない。結局は、教師個人個人が野放しになっている。学校2~3校まとめて、各教科に責任を持つ中間管理職がいて、各教師の授業を見回って、テストなどの結果が悪いと指導すればいいんです。コンビニのスーパーバイザーみたいなのです。そのスーパーバイザーにも人事権を持たせて、校長と協力してまともな学校体制を作ればいいんです。
でないと、各教師にまかせた無秩序な授業がまかり通る現状は変えられません。
進学校の進学実績とは
ということで、進学校の進学実績は素晴らしい授業があるからではなく、こんなくだらない授業にも負けずに自己研鑽する優秀な生徒がいることが理由です。
だから、「あの学校に行けば○○大学に~」って言ってる保護者の方、あなた方は受験産業を知らなすぎます。ネギどころか、白菜まで背負ったカモです。