モーツァルトの全盛期とは?

1780年代前半、20歳代後半だと思います。

ザルツブルグでパトロンの大司教を喧嘩をしてウィーンに出てきた20代後半ころです。古臭い面倒なことばかり言う田舎の客と喧嘩して、大都会で流行りの好きなことをして一花咲かせようとして、制約も足かせもなく自由に思う存分大都会で活躍していたころです。このころの作品が一番素晴らしいように私には最近思えます。

作品で言えばピアノ協奏曲の10番台、オペラではフィガロの結婚。ケッヘルナンバーで言えば400番台後半。

こんな曲がその時期の最後の方の曲です。。でも少し暗い影が忍び寄っている。演奏もそういうモーツァルトに相応しい、とても魅力的なものだと思いますまあ、上手いモーツァルトを聞くのであれば、下のおじさんを聞いて下さい。

これ以後、モーツァルトの音楽は面倒くさくなります。モーツァルトの古典音楽然とした作風がウィーンでは時代遅れになります。音楽的な様式や構成を楽しむ古典音楽に対してもっと劇的なベートーベンのような感情移入できる分かりやすい音楽が流行り出すからです。

これは、貴族や司教と言った音楽的な知識がある人間から、音楽はただの娯楽である一般市民に音楽家の商売相手が変わってきたことを意味します。逆説的に言えば、だから、モーツァルトの古典音楽としては旋律が目立って生き生きとした分かりやすい音楽がその時代の境目で受けたのです。でも、モーツァルトよりもっと分かりやすい音楽をライバルが作り出して時代遅れになったということです。

そこで、モーツァルトは流行りの音楽を作って適応するのではなく、古典音楽の技法をより突き詰めて高度な音楽を作ることで対抗しようとして、音楽は面倒くさくなってより人気を落とすことになった。チャラそうに見えて、自分の音楽への自負心はとても高かったのでしょう。

そして、クラシック音楽が教養となり、一部のマニアのものとなって、これらの面倒で高度な30歳を過ぎての音楽が高く評価されだした。

しかし、よく聞くと本当に聞いていて気持ちがいいのは、やはりモーツァルトがイキイキと活躍していた時代の音楽です。少なくとも、高く評価されている短調のピアノ協奏曲など、最近はあまり魅力的に思えません。

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芦屋で500人以上、個別指導20年のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。御影高校・神戸高校、関西学院・同志社・神戸大学・大阪大学を目指す特進個別塾です。