数学に引き続き、高校日本史と中学国語の教科書の問題点も書きましょう

山川、日本史、詳しい日本史・・・難解さを売り物にしている

昔はほとんどの高校で日本史、そして世界史と言えば山川出版の教科書を使っていたと思います。特に詳説日本史という教科書が圧倒的なシェアですが、この教科書が難解でとても分かりにくい。この私の意見に反対される方はとても少ないと思います。

だから、この教科書を理解するためには、教科書の解説的な参考書が必須になり、多くの参考書が出版されています。塾で生徒に勧めるものはこれです。中学の歴史知識があり、この参考書を読んだ後、山川の教科書を読むと分かりやすい「日本史の学習方法/教科書を隅から隅までおぼえる」。しかし、これは、本末転倒というか、あまりにもバカげたことになっていると思います。

その結果、プリント授業が主体になり、大学入試で大敗する

授業でも、資料などが載っている情報の宝庫の教科書を使わずに、「教科書難しいから」と一問一答みたいな簡易なプリントを配って穴埋め授業をしている。アホか!としか言いようがない。

教科書のハードルを下げて、中学の歴史で80点取れた生徒はみんなが読めるような教科書を選んで、もっと知りたい生徒や上位の大学に行きたければ、教科書と一緒に配る副読本でも読めばいいんですよ。どの高校でも副読本配ってるでしょ? 教科書も読めないのに、副読本なんか読んでるヤツいませんよ。何のために生徒に金使わせて副読本買わせてるの?それで、教師の一問一答プリントだけ暗記している。

教師の一問一答プリントの暗記に慣れた生徒は、教科書を読んで歴史の流れを把握するこも、その証拠となった教科書に載っている資料も見ることもなく、入試勉強で今度は出版社の一問一答を暗記しだす。それで、歴史の流れや資料を聞かれる模試や大学入試で大敗していること、現場の教師なら分かってるでしょう? 分かってないなら教師辞めた方が良いと思いますよ。

ミドリセミでは、教科書を読まずに教師のプリントを学習したり一問一答などする学習は許しません。禁止です!

その挙句、大人になって学び直しっすか?・・ということで山川のシェアは下落

こういうような教科書ですから、大人になって大河ドラマなどに興味を持つと「ドラマはおもろいけど、史実が分からん。もう一度歴史を学習し直そう。あの山川の難しい教科書も今なら読めるだろう」ということで、こんな本が人気なんです。アホか!大人になってこんな本を読まんでエエような教科書作って、授業で教えろや! 

司馬遼太郎の「竜馬が行く」とか大河ドラマのフェイクがリアルの日本史だと思っている大人が恥ずかしくないのって、こういう授業の慣れの果てだと思います。

ということで、2022年までは6割強あった山川の日本史の教科書シェアは、数年で5割程度にまで急落してきています。塾の生徒でも山川以外の教科書を使っている生徒も多いです。シェア推移を一元化した情報はありませんが「国立教育政策研究所教育図書館からの情報」や「山川出版のアエラの記事」で分かります。

当たり前ですよね!

この「生徒が分かりやすい教科書を選ぼう」という流れが、数十年もの間放置され、なぜここ数年で起こってきたのかは分かりません。歴史総合と日本史探求が共通テストで取り入れられ、教科書を変えなければいけなくなったのを機に、学校が教科書を選定し直したからだと言われています。

いや・・・毎年教科書って選定するんでしょ? 受験教科変わるまで思考停止で「日本史って山川でしょ!」で分かりにくい教科書を毎年選んできたの?・・・毎年、宣伝も努力もそれほどなしに生徒が来てくれ、国からは補助金ももらえる学校っていいですね!塾ならそんな悠長なことにはならない。

中学国語の光村図書

中学の国語では光村図書の教科書が圧倒的シェアを誇ります。6割以上の市場を押さえています。特に公立校ではほとんどと言って過言ではない状況です。例えば、東京都ではこんな感じ「令和7~10年度使用教科書採択地区別の採択結果(公立中学校)」、兵庫県ではこうです「2025 年度 兵庫県 小学校・中学校 教科書一覧表」。

この光村の教科書の特徴は何だと思いますか? 文章構成や段落構成が不明瞭な文章が選ばれていることだと思います。日本史の山川と同じで、難解な教科書を教師や教育委員会側は選びたがる。教える側のプライドや見栄があるのか、ビジネス上何かメリットがあるのかは私は知りませんが「国語の教師は、光村の教科書がなぜ好きなのか?」。

高校の現代国語の教科書ならこの光村の教科書でも私は別に何とも思いません。入試問題自体が文章構成や段落構成が不明瞭な文章でそれを読み解く問題が出題されるからです。ところが、中学1年生や2年生に、この不明瞭な文章を使う教科書で教えていいのか?とは、毎年生徒を教えていて思います。最初は文章構成が明確で把握しやすい文章を載せてある教科書を選んで教えるべきじゃないのかと思いませんか?

芦屋市では光村の前は三省堂の教科書を使っていました。これは文章構成や段落構成が明確な文章を選んであり、生徒に「ホラ、文章はこう書かれているんだよ。だからこの問題はこういうことを聞いていて、キミが正しく読めてるか確認しているんだ。」とものすごく教えやすかったのです。ところが光村に切り替えて、文章構成が不明瞭になり、とても教えにくくなった。

私は、三省堂から光村に変えた責任者に「腹を切れ!」と言いたかったですね。優秀な前任者が熟慮して選んだ最適な中学用の教科書をなぜ変える必要があったのか?おそらく「他の地域全部光村じゃん。三省堂使ってて文科省の学力テストで点数悪かったら、オレ責任とらされるやん」ってな程度の役人根性だったとしか思えない。あるいは、その他何かしらの実利があったのか?

まあ弱小塾のひとりごとですがね

それにしても、その教科を数年教えた経験があり、教科書の内容も吟味できる多少の能力があり、生徒のことを第一に思う教師や関係者なら、もっといい教科書があると考えないんだろうか? 特に公立中学の場合、近隣の他都市と横並びで、学力テストや高校進学状況でとやかく言われないようにすることだけに注力してないか? だから公立校の教科書は全部同じになり、教師や教育委員会は他の教科書から選択するという考えも意欲もないのではないか?

こんなことを私が言えるのは、公立も私立も、そして中堅校から最上位の進学校まで長年教えて、どういう学校がどういう教科書を使い、どういう授業をして、生徒はどういう状況かある程度理解できているからです。

その結果、「教科書や問題集の選択も、その使い方ももう少し考えれば、生徒はもっと学習しやすくなるのに」と思うことが多い。だから数学でも「高校の数学 学校の問題集活用があまりに非合理」などと書いたのです。

そのことを分かっていて現行の教科書を選んでいるのなら、怠慢か何らかの実利的理由があるとしか思えない。もし、知らないというのなら勉強すべきだし、そんなことも分からない人間に教科書や問題集の選定などさせるべきではない。いや、授業もさせてはいけないと思います。

この状況を分かっている先生の対処=プリント授業はいいのか?

この状況を分かっていてか、あるいはもっといい教え方があると思ってのことか、自分でプリントを作って授業をする先生が多い。特に理科と社会。しかし、上に書いたように簡易に教えやすくするだけのものだったり、進学校でよくあるバイアスと教師の好みがかかりすぎていて生徒が余計に分かりにくいものも多い。

ほとんどの場合、教師が個人で作ったプリントや、予備校などの講師が個人的に出版したものより、多くの人が携わり長年改定を続けられた教科書のほうが安定感が高いというのが私の経験則です。問題集も教科書の出版会社や大手出版の古くからの問題集や参考書の方が安定感が高い。問題集や参考書に関しては、私は数研、旺文社、啓林館、文英堂なんかから選んで生徒に勧めることが多い。最初に挙げた日本史の参考書は例外です。

だから、教科書や教科書に付属した問題集を慎重に選んで、もっと教科書を使った授業をすべきだし、付属教材の問題集の活用方法ももっと考えるべきだと、教師が作ったプリントや「友達が良いて言ってた」と生徒が持ってくる予備校の問題集を見て思うんですよ。こんな問題集など使わなくていいレベルの付属教材はいっぱいあるのに、生徒にこう思わせるのは学校の責任じゃないのか?

私間違ったこと言ってます?

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芦屋で500人以上、個別指導20年のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。御影高校・神戸高校、関西学院・同志社・神戸大学・大阪大学を目指す特進個別塾です。