制服の謎・・成績をひた隠しにする生徒が平気で制服を着る謎
テストを折って点数をひた隠しにする子供たち・・・無駄な足掻き
子供たちのテストを見ると笑顔になったり真っ青になったりブチ切れたりしながらも笑ってしまうことがあります。点数のところを何重にも折って点数を隠していることです。もうね、十二単かというくらい折り込んであるその必死さに思わず笑ってしまいます。
ハァ~、いくら点数を隠してもどの高校に行くかでどうせ丸わかりになるのに・・。私立の中学生や高校生なんか、制服着てる時点で成績を世間様に公表して街中を歩いているようなものなんですが・・・。テスト後に必死に点数を隠すくらいなら、隠さなくてもいいようにテスト前に必死で勉強していい学校に行けよ・・。
制服なんか「私は賢いです」「私はそれほどでも」って背中に書いている差別の塊だ
「なんぼ点数隠しても、どの高校に行くかで丸わかりになるんやで」「神戸高校の校章つけてたら『私は賢い』、芦屋高校なら『私は普通』って、街中で宣伝しながら歩いてるようなもんやで」と差別的な真実を私が中学生に話すと、みんな「ハッ」とした顔になるんですね。なんで分からないのか、メッチャ不思議なんですが、分かっていないんです。
もちろん、こういう発言は、少しでも頑張らせようと発破をかけるときに、それ相応の使い方で言うものなんですが、15歳になってもまだ気が付いていないのかと思うと、「こんなことも分からんのに、勉強だけ分かるようになれって言ってもナア・・」とつくづく思ったりします。
ところがどっこい、下位校ほど一目でわかる制服
高校でも、公立では、上位校の男子の制服はただの詰襟で校章まで見ないとどの高校か分かりません。下の方の高校ほど派手で特徴ある制服で一目でわかる。特に女子の場合。もちろん、今やかわいい制服は、少子化=定員割れの中で中下位校の生徒集客の重要なアイテムなんですが、一方で「私、あんまり頭良くありません。」って一目で分かることになるんですが・・・着ている本人は分かってるんでしょうか?
街中を堂々と胸を張って歩いた反動は大きいこともある
もちろん少しでも上の高校に行くことがプライドを満たす手段なんですが、「進学校の生徒が普通の高校の生徒に追いつかれる理由」や「進学塾や進学校の生徒が抱える学習問題・・根っこは親です」にも書いた通り、その目先見栄のために一番肝心な大学受験で失敗することはままあるわけです。
中学・高校受験の鉄則は、ワンランク下の学校に上位で入ること以外はありません。無理に上位の学校に下位で入っても落ちこぼれて、大学受験は悲惨な結果になることが多いです。結局12歳や15歳が人生の頂点になる子供も非常に多いわけです。本来なら親がそれをコントロールしなければいけないのですが、親が率先して「あの制服!」をやらかしますから。
制服って、軍服の階級から来た差別表現なんじゃないの?
ところで、「個人情報」「プライバシー」なんて騒いでいる方々は、この差別的な服を何とも思わないんでしょうか? 子供の成績なんか学校から洩れたら大騒ぎしょ? でも成績を公表して街中を歩いているような制服はOKなんですか?
私、とっても不思議なんです。