浪人をしたら成績は伸びるのか? 頑張ってきた人以外は成功しない
浪人を選ばれる皆さんへ
関関同立などに合格しても国公立大学を合格できずに浪人を選ばれる方、関関同立にあと一歩で国公立もダメで浪人を選ばれる方もおられると思います。中には併願の私立を受けていない国立志望者もいるはずです。最初から第一志望の国立大学に合格しなければ浪人だという覚悟を持っている方です。また、関関同立を志していた方でも、もう一歩足らなかったという方で浪人を選ばれる方もおられるでしょう。
来年は頑張ってください。きっと夢はかないます。
でも、長年の指導経験から、浪人したからと今までの学力不足が解決して、学力がジャンプアップするようなものではないことは覚悟しておいてください。せいぜい、ワンランク上の志望大学に手が届くといった程度のものです。
その大きな理由:学習への適性
まず一番大きな理由は、学習にも適性があり、努力を続けたからとその適性以上に学力が伸びることはないからだと思います。高校生のクラブ活動 新入生のみなさん入部前に考えようでも紹介した通り、天性的に学力適性が違う神戸大の志望者が浪人で努力しても京都大学には届きません。でも大阪大学にはt独かもしれない。浪人して得られるのはその程度のものです。
言い換えれば、ある程度の能力や学力があり「クラブ活動で準備不足だった」「公立高校の理系で準備期間がなかった」と理由が明確で、「次はこれとこれをやれば合格ラインを突破できる」と明確な努力目標がある生徒は、浪人したら希望が叶うかもしれません。簡単に言うと、兵庫県下では公立高校のトップ校や2~3番手の中高一貫私立の中位以上の生徒は浪人すれば大阪大学や神戸大学の夢はかなうかもしれません。真ん中少し下の生徒は関関同立の夢はかなうかもしれません。そんな程度だと思います。
中堅高校の真ん中の成績の生徒が浪人したからと関関同立はないと思います。浪人しても成績はあまり変わらないという生徒も多いと思います。もちろん学力の適性と言う先天的な目を背けたい理由もあるでしょうが、産近甲龍などの大学の場合私には次に各レベルの自己責任が大きいと思います。
浪人を薦める生徒
上に書いた学習適性が、学校のカリキュラムで発揮できていない場合です。公立高校の理系志望者がその代表です。
私立の中高一貫校が、中学の授業を圧縮し、遅くとも中学3年生から高校の授業を始め、理系のクラスでも高校2年生で授業が終わるのに比べ、公立高校の理系でわ高校3年生の2学期まで数学や理科の授業が持ち越されます。まともに大学受験の準備をする時間などありません。真面目に頑張ってきたものの、本人の責任ではなく、受験に失敗せざるを得ない生徒の場合浪人は圧倒的に役に立つでしょう「国立大学の理系には公立高校から現役では難しい?/中学受験は必須」「国立大理系は公立高校から現役ではもうムリ?/理系なら中学受験は必須」。
浪人をしてはいけない生徒とは:努力が何たるか分かっていない生徒
一方で、進学校でもクラブ活動などに夢中で、下位の学力しか取れなかったような生徒は生徒は、浪人はしてはいけないと思います。クラブなどで学習できなかったから浪人すればその分を取り返せるという考え方もあるでしょう。しかし、多くの生徒はそうならないのではないかと考えています。
なぜなら、そういう生徒は浪人しても必要な努力をしないからです。現役時代も合格に必要なレベルと自分の辛抱のレベル、頑張るレベルの差も分からず、クラブ活動などで遊び惚けいていたわけです。それが浪人したら変わるのか?ということには、多くの生徒を見てきた経験から疑問を持っています。
と言うのも、学習に先天的な適性があるのと同じで、努力できる力にも先天的な適性はあると思うからです。このことは多くの実験データから明らかになっています「努力できる遺伝子/グローバル化・中流没落が生む選民思想」。
特に文科系で志望校にカスリもしなかった生徒は公立高校でも浪人を薦めません。文系では公立高校でも高校2年生でほとんどの授業は終わります。だから受験の準備期間は十分あります。そこで何とかできないのですから、浪人しても無理です「経済格差は学力格差の理系/でも文系志望なら公立も私立も関係ない」。私立の中高一貫校なら高校1年生で授業はほぼ終わるわけです。2年間も準備期間があって何も出来ていないのですから浪人しても無理です
現役時代の学習姿勢が浪人したからと変わる例を私はあまり知りません。現役時代にクラブ活動などで好きなことをやって勉強をやって来なかった生徒、タイダに過ごして勉強をやって来なかった生徒が浪人したからとここを入れ替えて頑張るのかという点は疑問です。
浪人はしてみても・・・
20年以上多くの生徒を見てきても、浪人したからと「偏差値30から慶応大学へ」はありません。今まで頑張ってきた生徒が浪人しても頑張り、前年度あと少しで手が届かなかった大学にには手が届くし、頑張ったならもうワンランク上の大学には進めるかもしれません。でも、遊び呆けてきた生徒は遊び呆けるだけです。だから、偏差値60が68はあるかもしれないが、偏差値30が68はない。
浪人しても目標に手が届く生徒は「現役にプラスしてこれだけのことをすれば大丈夫だ」と分かっているはずです。努力を積み上げてきた人間は、努力の不足分が分かります。けれど遊び呆けてきて「次頑張れば大丈夫っしょ」などと言う生徒は浪人しても同じことを繰り返すだけです。


