努力できる遺伝子――アメリカの大学の研究を米陸軍士官学校の訓練がが証明した
これから書くことは、親がブチ怒ることです。そんなことを言われたら、なすすべがないからです。政府も学者も逆ギレします。そんなことを言われたら、「教育は環境」と言ってきた業績もキャリアも、文科省あたりから金をもらってウハウハなプロジェクトも台無しになるからです。現に、1998年に子供の教育は「環境より遺伝子」と言い始めたジュディス・リッチ・ハリスは、逆上した同僚や上司や世間からつるし上げられてハーバード大学を去っています。
ところが今、このような研究は一般化し、教育は環境より遺伝子という常識が欧米では広まりつつあります。
努力は遺伝子によって決まる
以前、私のブログで「子育て論の本質/親の教育など無意味だが学校の影響は大きい」という話を、ミシガン大学やテキサス大学などの大規模な行動遺伝学の調査を引いて書きました「努力できる遺伝子/グローバル化・中流没落が生む選民思想」「子育て論の本質/結局は遺伝子」。
これらの研究は、ほぼ同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児が、養子縁組などによって全く違った家庭環境、全く違う親のもとで育てられたケースを追跡したものです。その調査で明らかになったのは、子育ての常識を覆す事実です。 普通なら、育てられた家庭の環境に影響されて育ち方に違いが出そうなものですが、結果は逆でした。生育環境が同じ「養子先の赤の他人の兄弟」とは全く似通わず、「全く違う環境で育った、離れ離れの双子の兄弟」の間に、驚くほど強い相関関係(似通った育ち方)が現れたのです。
さらに、これをもっと大々的に調べた調査が、専門雑誌『Psychonomic Bulletin & Review』に発表されました。 この調査では、人間が「努力を継続できる能力」を持っているかどうかを、【クラシック楽器の練習を長期間に渡って続けられるかどうか】という指標で調べています。
その結果、やはり別々の家庭に養子に貰われた一卵性双生児の間に、努力の継続に関する密接な相関関係があることが分かりました。 ここで注意すべきは、この努力によって「音楽的な才能が花開いたか(上手になったか)」は別問題だということです。音楽で成功するには特殊な才能が必要です。そうではなく、「あまり上手にもならない、役に立つかもわからないことに、コツコツと努力を続けられる素質そのもの」が遺伝子で決定されているという事実です。
努力と受験、学歴と就職
楽器をコツコツ練習できる才能なんて、受験と全く同じです。 多くの生徒が真面目に勉強したからといって、全員が偏差値70になって京都大学に合格するなんてことはあり得ません。しかし、それでも腐らずに努力し続けることができる子どもは、普通の能力さえあれば、私の経験からは悪くても甲南大学程度には進める。少しマシなら関関同立に行ける。
そして、この「受験でコツコツ努力できる才能」は、社会に出てからの仕事(業務能力)でも全く一緒だと思うんですよ。 仮に大学に進学しなくて職人さんの道を目指したとしても同じです。先輩などからのキツイ仕打ちや、単調で泥臭い下積みの仕事にも耐えて、コツコツ努力を積み重ねて技術を習得し、一人前になるには、この「努力できる才能」が絶対に必要です。
だからこそ、企業の採用において「学歴」で人間の業務能力をある程度判断するのは、極めて真っ当であり、正当な評価なのです。
世間ではこれを「学歴差別だ」「学歴フィルターだ」と批判します。 しかし、そうや言う方は、学歴というものを「ただ単に勉強ができるか、できないか、そのペーパーテストの点数の差」だけで判断しているとしか思っていません。だから「勉強の点数だけで人間を分けるな」という的外れな反論になる。
とんでもない。ここまで書いてきた通り、学歴というのは「勉強の出来不出来」ではなく、その裏にある「やり抜く努力ができるか、できないか」という人間の資質を、最も如実に、そして残酷なほど正確に反映している鏡なのです。
もちろん、世の中には「努力しなくても、生まれ持った凄まじい天才的な脳みそだけで、勉強もせずに東大や京大に楽勝で通ってしまう生徒」も確かに存在します。これはスポーツや芸術の世界でも同じです。大して練習もしないのに、天性のセンスだけで圧倒的な結果を出してしまう人間はいます。
もちろんそういう飛び抜けて高い能力が必要な業務もあるでしょう。しかし、ほとんどの企業とほとんどの業務で必要なのは、少しマシな能力を持つ人間が愚直に努力を続ける姿勢を持つことです。 企業が求めているのは、地味で退屈な仕事であっても、壁にぶつかった時であっても、決して投げ出さずに地道に努力を継続し、組織のために頑張り続けることができる社員です。
学歴の正当性は人類の歴史が証明している
この「地道に頑張る社員」を確実に、かつ効率よく見極めるためのシステムとして、古今東西、古代から現代に至るまで、あらゆる時代、あらゆる国で学歴フィルターは通用し続けてきました。 古代中国の「科挙」に始まり、現代のヨーロッパの超エリート校(グランゼコールなど)、アメリカのアイビーリーグ、日本の旧帝国大学、韓国の超学歴社会にいたるまで、人類の歴史上、多くの国がこのシステムを採用し、今なお機能し続けているという事実。これだけの長い歴史と普遍性があるということ自体が、学歴が「企業の求める『地道に頑張れる社員』を選び抜くための、最も間違いがない最良の選択方法であるという何よりの証明なのです。
新たな証明 陸軍士官学校とGRIT
それほどまでに強力な「努力の継続=遺伝」という冷徹な事実に、さらに決定的なダメ押しを突きつけた世界的な研究があります。それが、2016年にアメリカで大ベストセラーになった、ペンシルベニア大学のアンジェラ・ダックワース教授の著書『GRIT(グリット) やり抜く力』です。
ダックワース教授は、アメリカのハーバードなどとはまた違うエリートが集まる米陸軍士官学校の新人訓練でデータを採りました。ここには、全米から知能(IQ)も体力もトップクラスの若者が集まります。しかし、入学直後に行われる「地獄の7週間」と呼ばれる過酷な訓練で、毎年多くのエリートたちが精神を病み, プライドを打ち砕かれてボロボロと脱落していきます。
大学側は「どんな奴が生き残るのか」を予測するため、入学時のIQや適性テストの点数を徹底的に分析しました。しかし、どれだけ頭が良くても、どれだけスポーツ万能であっても、中退者を予測することは全くできなかった。
彼らを唯一、正確に予測できた指標が、入学前に測定した「GRIT(やり抜く力)のスコア」だけだったのです。
あなたのお子さんの脳を見透かす「GRIT(やり抜く力)テスト」
GRITは、実は非常にシンプルなテストです。「全く当てはまらない(1点)」から「非常によく当てはまる(5点)」までの5段階で答えるもので、大きく分けて「情熱(ひとつの目標への執着)」と「粘り強さ(困難への耐性)」の2つの軸で構成されています。
いくつか代表的な設問を挙げてみましょう。
以下のような質問を
A: 非常によく当てはまる
B: やや当てはまる
C: どちらともいえない
D: あまり当てはまらない
E: 全く当てはまらない
の5段階から選択します
◆ 情熱(ひとつの目標に執着し続けられるか)
第1問:新しいアイデアやプロジェクトに魅力を感じて飛びつくが、しばらくすると興味を失ってしまいがちだ。
- A=1点、B=2点、C=3点、D=4点、E=5点
第2問:私は、途中で大きな挫折や困難に直面しても、決してあきらめない。
- A=5点、B=4点、C=3点、D=2点、E=1点
第3問:私は、ある目標に夢中になっても、数ヶ月経つと別の目標に目移りしてしまうことがよくある。
- A=1点、B=2点、C=3点、D=4点、E=5点
第4問:私は、非常に勤勉(ハードワーカー)である。
- A=5点、B=4点、C=3点、D=2点、E=1点
◆ 粘り強さ(困難に直面しても挫折しないか)
第5問:私は、数ヶ月以上かかるような長期的な目標において、最初の関心を維持するのが苦手だ。
- A=1点、B=2点、C=3点、D=4点、E=5点
第6問:私は、障害やトラブルが起きても、それを克服して最後までやり遂げる。
- A=5点、B=4点、C=3点、D=2点、E=1点
第7問:私は、短期間で目標が次々と変わるタイプだ。
- A=1点、B=2点、C=3点、D=4点、E=5点
第8問:私は、過去に始めたこと(習い事や部活、勉強など)を最後までやり遂げた実績がある。
A=5点、B=4点、C=3点、D=2点、E=1点
スコア「0.5点〜1.0点」の差が持つ、恐ろしい意味
エリート士官学校だけあって、入学者の平均点はそもそも「3.5前後」と一般人より高めです。しかし、そこから明暗が分かれます。
【生存者(過酷な訓練を最後まで生き残った精鋭)】
- 平均GRITスコア: 4.1 〜 4.8
- 脳と行動の特徴: 身体がボロボロになり、周囲が次々と辞めていく極限状態でも、脳が「目的に対する執着」を失わない。。
【脱落者(最初の数週間で心が折れて中退した層)】
- 平均GRITスコア: 3.2 以下
- 脳と行動の特徴: 入学時のIQや体力テストはトップクラスであっても、想定外の理不尽や挫折に直面すると、脳の自制システムが機能不全を起こして逃げ出す。
「4.5点と3.5点なんて、たった1点の差じゃないか」と思われるかもしれませんが、この統計学的な差は天と地ほどの開きを意味しています。
ダックワース教授の分析によると、「GRITスコアが『1標準偏差(約0.6点)』高くなるごとに、地獄の訓練を途中で辞めずに生き残る確率が約60%も跳ね上がる」という事実が証明されています。
知能(IQ)の高さや、高校時代のスポーツの実績(体力)は、生き残る確率に「1ミリも関係がなかった」のに対し、このわずか1点弱のGRITスコアの差だけが、生存確率を完全に支配していたのです。
神戸大に行く学生と、関学に逃げる学生の「決定的な違い」
私は長年個別指導で教えてきて、神戸大学に行く学生と、関学を一般入試で楽勝で通る学生の間に、生まれ持った能力の差はあまりないと思っています。違いは、この「GRITスコア」の1標準偏差の違いだけだと思っています。
神大に行く学生は、クラブを辞めてでも、趣味を我慢しててでも、やりたいことを犠牲にして机に向かいます。彼らは夢と引き換えに犠牲を払う必要性を理解して納得しています。一方で、関学に行く学生は、絶対に何かを犠牲にするような真似はしません。友達とも遊びたい、部活も引退までやりたい、スマホも触りたい。そして、死に物狂いで努力している神大生を見て「あいつは元からガリ勉だから」と言います。「あいつらはやりたいことも我慢して目標に向けて頑張っている」とは思わないです。
理由は、彼らにはそんなことを考えたことなどなく、神戸大に進む同級生の思考回路は理解の範疇外だからです。しかし、神戸大に進む生徒は違います。関学に進む同級生を見て「あいつは自分と同じくらい頭がいいのに、部活も遊びも全部抱え込んでサボっているからダメなんだ」と冷徹に見抜いています。なぜなら相手は我慢して頑張っている自分の理解の内側にいるからです。
教育でも指導でも解決できませんよ
私の個別指導の現場(20年以上)でも、この「努力できない遺伝子」を持った子どもに接してきました。ここ数年は塾に来る生徒のレベルが上がり、そういう生徒は皆無になりましたが・・・。
努力できない子供でも昔のように「勉強なんて嫌だ!」と反抗する子どもは減りました。反抗すると過干渉な親がうるさいからです。だから彼らは、親から逃げるように塾に来て、ボケ~っと時間を潰します。宿題もテキトーに解いて、ひどい時は解答を丸写しして「〇×」だけつけて提出する。これを取り合って熱心に指導しても、成績は絶対に上がりません。遺伝子レベルで「努力」を拒絶しているからです。
このことを一番よく知っているのは学習塾です。だから大抵の塾は「塾にも来てます、宿題もやってます」と形だけ整えて、責任を回避して終わりです。あなたの子供通っている塾、宿題アホほど出していませんか?その宿題塾はちゃんとチェックしてますか?解答丸写しのノートにハナマルだけつけてるでしょ?
この状況が分からない親は、「授業料を払って塾に行ってるのに、なんでうちの子の成績が上がらへんのやろ?」と、存在しない「やる気スイッチ」を探していつまでも他責の谷を彷徨うことになります。
グローバル化が生む「選民思想」の残酷な現実
かつての日本は「一億総中流」でした。努力できない子どもであっても、社会全体が成長していたため、相応のポストが与えられ、みんな中流で幸せに暮らせました。しかし、そんな甘い時代はとうの昔に終わっています。今の60歳代後半の世代で終わっているんです。
成長の止まった今の日本社会では、限られたポストの奪い合いです。この数年は人手不足で新卒の就職や若者の転職は容易でした。だから、「もう少し努力しろよ」というと、まったく遺伝子に何の抑制も働かずに「それ、私の給料、仕事の範囲内ですか?」「頑張っても給料上がらないなら、そこそこで良くないですか?」「やりがい搾取(さくしゅ)ですよね」などというZ世代が爆増して、今企業は絶賛苦悩中であり、仕事を押し付けられたオッサンは絶賛苦悶中です・・・言っとくけど、アンタらの子供のZ世代末~α世代はもっと酷いで。5年後詰むで。「この5年間の生徒・親の変化/中流の崩壊は大人社会だけではない」「コロナ後の生徒の変化/今の中学生の下半分は危ない」「コロナ渦が残したもの「だらしない子供」/今のユルユルの公立校で登校拒否する子供など、社会のどこででも生きていけない」
だからこそ、「努力できる遺伝子」を持った高学歴は表向きはスマートな顔をしながら、裏では冷徹な「選民思想」を行使して自分たちの地位を守っています。この層は、この層内で結婚をしパワーカップルとなり、その下には興味を示しません。だって、相手は努力できない人間だと思っているから。
企業も、この努力できない社員を、初任給だけは高くして集めて、現場の雑用業務で一生を使い潰します。これが今流行りのジョブ型雇用の本質です。大卒で入った当人たちは、業務になれれば給料も上がって、転職でキャリアアップなどと考えるでしょうが、給料は上がっても現場の業務内でのアップで頭打ちになるし、転職もそのジョブ内での転職で給料アップなど知れたものです。
本格的なアメリカのジョブ型雇用であれば、最初から「一般の現場従業員」と「一流大学院卒の幹部候補生」は、採用ルートも給料も全く異なります。しかし、日本流のジョブ型は違います。入り口だけは同じ「大卒」として同じ入社式を迎え、同じ職場に配属される。そこから見えない壁で選別され、努力できない社員は現場のジョブに固定されて使い潰されるのです。だから、努力しない遺伝子が取り返しのつかない年齢になってどうなるのかは余計に不明瞭になり、そのことが「それって搾取ですよね」という若者をのさばらせている。
もちろん35歳になってそこそこ給料が上がった現場の社員はいらないからリストラです。今30歳代にリストラの年齢がおりてきているのはこういう社員をクビにするためです。言うなれば、昔の現地採用の腰掛OLがいい年になったら寿退社して、さっさと辞めてくれというのと同じ状況になっているわけです。日本の現状というのは、この欧米流のジョブ型雇用と日本の従来型のメンバーシップ型の雇用とのちょうど中間点に移行しつつあります。
このパワーカップルというキーワードこそが今の二極化しつつある日本の現実です。


