Z世代とα世代に見る「やってる感」の割に成果が上がらない学習
スポーツクラブに行くと、奇妙な光景に出くわします。スマホを長時間いじって器具を独占して大した運動もしない迷惑なのが多い30代のミレニアル世代=ゆとり世代の横で、実に真面目に必死に取り組んで「頑張っている自分」のオーラを出している20代前半のZ世代の若者が目につきます。
しかし、彼らのトレーニングを見ると、その多くは重量が軽く、筋肉の動かし方も全く成っていません。「動画や本などを参考にしているのだろうか?」と疑いたくなります。その「やってる感」のオーラの割には中身はスカスカなのです。
実は、受験生である今の10代後半(後期Z世代)や中学生(α世代)の子供たちにも、この20代前半の若手と全く同じ傾向が見られます。机に向かって勉強しているオーラは出していますが、成績は全く上がらない生徒が多いのです。彼らの学習もまた、「やってる感」満載で中身がスカスカだからです。
しかも、それを注意してもアドバイスしても、本人には全く自覚がなく、改善が難しいことが多々あります。なぜアドバイスも改善も難しいのか、私なりに考えているその理由を、以下に書いていきます
塾の現場で見える「奇妙な無関心」
最近の塾の教室で、今20歳代になった若者を教えるようになってからのこの10年、私はある異変を感じています。それは、中学・高校生の上位を除く下位7割の生徒=大阪大学や神戸大学、関関同立以上に進むような子供以外の多くの子供では「隣の席のライバルに、驚くほどまったく興味を示さない」ということです。
高校入試や大学入試というこれ以上ないほどシビアな「同じレール」の上に乗っているにもかかわらず、「あいつがあそこまでやっているから負けられない」という泥臭い競争心がないのです。
ミドリゼミでは、公立校の生徒も私立の中高一貫校の生徒も同じ教室で個別指導を受けています。例えば、公立中学・公立高校の生徒に、隣で学習している私立の中高一貫の進学校の生徒が一年も二年も先のカリキュラムに取り組んでいることを見せて、だから受験絵ではどれだけ不利になるのかも説明して、だから「君も頑張れ」と言っても全く興味を示しません
彼らは何の興味も示さず、また自分の机に戻って、重要なポイントもなぜそう解くのかも把握することなく、以前と同じペースで淡々と問題集をこなして、そして2~3日もすると学習内容を忘れてしまいます。「キミは何も思わないのか?」と聞くと、今度は「別に」と言って、「余計なことを言って来るな」とばかりにやってる感満載のオーラを出して不満気な態度を示します。進度が遅い上にスカスカ学習の「やってる感」の自意識に浸っているスポーツクラブの若者そのままです。
この思考回路はどういう状況で生まれてくるのでしょう?
「9割が教科書を読めない」の正体――動かない「システム2」=子供のAI化
国立情報学研究所の新井紀子教授による「リーディングスキルテスト」の調査が、この子どもたちの実態を完璧に証明しています。新井先生が指摘するのは、「長文が読めない」というレベルではありません。「たった一文(短文)の主語と述語の関係がわからない」「教科書の1行の意味が理解できない」という、基礎的な認知の崩壊です「「9割が教科書を読めていない」私立文系しか行けない子供たちの末路/新井 紀子 国立情報学研究所教授」。
この思考回路の消失が下位7割の生徒で発動しています。これは国語のはなしだけではなく、この学習方法や進路の認知など、あらゆる事柄に対して根本的に思考が崩壊しているのです。
これを認知心理学のフレームワークで説明すると、彼らの脳は「システム1(直感・楽な思考)」だけで動いており、エネルギーを要する「システム2(論理・深く熟考する思考)」が完全に眠ってしまっている状態です「中学・高校受験までのIQ、大学受験のIQ 小学生のトレーニングと努力できる遺伝子で決まる子供の将来」「神戸大学と関関同立の合格者の男女比は明確に違う~数学の壁とIQの真実」。
子どもたちは、問題集を開いて文字を目で追う作業(システム1)は自動的にこなせています。だからジムの若者と同じく、外見は「超集中オーラ」が出ているように見えます。しかし、彼らの脳内で起きているのは「意味の理解」ではありません。文章の中にあるいくつかの単語の印象だけを拾い上げ、「この単語とこの単語が並んでいるから、きっとこういう意味だろう」と、直感だけで適当なストーリーを捏造しているに過ぎないのです。
――そう、これはまさに、AI(人工知能)がやっていることとまったく同じです。そこの思考も論理もありません。
AIは、人間のような知性や「意味の理解」を持って文章を作っているわけではありません。膨大なデータの中から「この単語の次には、確率的にこの単語が来やすい」という計算だけで、それっぽい文章を右から左へ並べているだけです。つまり、システム1だけで生きている現代の子どもたちの脳内は、「意味を1ミリも理解せず、確率論だけで言葉を右から左へ並べて間違いだらけのハルシネーション(幻覚)を起こすAI」と完全に同レベルにまで退化してしまっているのです。
主語が何かを論理的に検証したり、自分の未熟さを自覚して反省したりするという、脳に強い負荷がかかる「システム2」のスイッチは彼らには育成されていません。
原因は「動物園の小学校」と「子どもに嫌われたくない親」
なぜ、子どもたちはこれほどまでにシステム2へ移行できず、自分を客観視できなくなってしまったのでしょうか。原因は、教育評論家などがよく言うスマホなどという安い理由ではありません。子どもの土台である「学校」と「家庭」の保育園化です。
今の中位層・下位層の多くは中学受験をせず、公立中学へ進みますが、近年の小学校は個性の尊重が行き過ぎて規律を失い、まるで「動物園」のようになっています。学校は中学受験組の休憩場と化し、そうでない子はただ受動的に時間をやり過ごすだけです。
さらに深刻なのは家庭環境です。今の親は「子どもに気に入られたい、嫌われたくない」という意識が強すぎるあまり、子どもが嫌がる現実や、痛みを伴う小言を一切言わなくなってしまいました。
この小学校時期にシステム1を強要されて脳が活性化されていないと、理解力育成時期の10代になってもシステム2は育成されないのです「「中学・高校受験までのIQ、大学受験のIQ 小学生のトレーニングと努力できる遺伝子で決まる子供の将来」「神戸大学と関関同立の合格者の男女比は明確に違う~数学の壁とIQの真実」。
厳しい学習や客観的な評価を突きつけられ、自分の頭を絞る(システム2を動かす)訓練を徹底的に奪われた子どもたちは、脳の負荷を避けてシステム1のぬるま湯に浸かり続けます。結果として、「勉強以前に、自分の状態を客観視する能力」さえ育たないまま中高生になってしまいます。これが下位7割の生徒で理解力がまるでなく、短文も読めないと言われている理由だと私は考えています。
これが、隣の席の子供の学習にミリ単位の興味も示さない中学生・高校生の正体です。
積み上がらない社会常識と「底の抜けたバケツ」
文字を論理的に処理する脳(システム2)が育たず、YouTubeやSNSで自分の興味のある15秒のショート動画(究極のシステム1刺激)だけを浴びている結果、彼らは社会一般 of 知識や常識までもが著しく欠如しています。なぜなら、システム2の論理的理解が必要なニュースは見ないし、本も読まないからです。
だから、理解力不足の上に政治・経済・国際問題などの社会事象がまったく頭に入っていない知識不足までもが積み上がります。国語の段落構成以前の問題として、「何について書いてあるのか」という背景知識も理解もないのです。だから、いくら長文読解や段落構成のテクニックや倫理的思考のシステム2を必死に育くもうとしても、それ以前の段階として知識不足で文章に何が書いてあるか理解できないのですから本質的なシステム2の理解には一層程遠いことになっていきます。
先日、とある進学校の生徒に「デジタル通貨発行のメリットは?」と聞いたら、「お金の管理コストが減る」と答えました。さすがにこのクラスの子供はしっかりしていると感心しましたが、これが中堅高校の生徒なら「便利?」の一言で終わりです。いやその前に「デジタル通貨って何すか?」という話になり、全く話が進まなくなります。知識や常識という土台がなく、文字もまともに読めない彼らの脳みそは、まさに「底の抜けたバケツ」なのです。
上位層との決定的な二極化と「指導不可能」の現実
一方で、このデジタル通貨のメリットを「管理コスト」と即答できた、神戸大や関学といった上位のレールを一般入試で突破していく上位3割の層は、昔と何一つ変わっていません。
彼らは家庭や環境の中で、きちんとシステム2を動かす訓練をされてきており、シビアに自分を客観視し、足りない部分を猛烈に反省して修正できる「努力できる遺伝子」とタフさを持っています。結果として、変わらない上位層と、勉強以前の段階で客観視すらできずに崩れていく下位7割の層との「開き」は、もはや教育の指導によって埋められるレベルを超えています「努力できる遺伝子――アメリカの大学の研究を米陸軍士官学校の訓練が証明した」。
厳しい現実ですが、教科書(短文)が読めず、客観視ができない子どもたちに対して、塾の指導(勉強を教えること)だけで彼らを変えることは、もはや無理な領域に達していると言わざるを得ません。
いくら外から「現実を見ろ」「反省しろ」とわかれと言ったところで、彼らの脳内には、不快な現実を完全にシャットアウトするシステム1の強固な防壁(部屋)が完成しているからです。本人が内側からそのドアを開け、脳の汗をかいてシステム2を起動しない限り、どんな名門塾の授業も虚しく滑り落ちていくだけなのです。
おまけに頑張りがきかない
しかもです、なぜ彼らが軽いウェイトや軽い負荷の学習でオーラが出せるのか?
簡単ですね!彼らはそれだけの努力しかしたことがなく、それが精一杯だと思っているからです。それが周囲の頑張りの意識とはかけ離れているから、その「やってる感」のオーラが異様に見えるわけです。
だから塾で「周囲を見てもう少し頑張れ」という指導にも「オレは精一杯やっている。嫌なことを言って来るな」オーラを出すわけです。
スカスカの学習の上に努力も出来ないのですから、この時点で指導は難しい。これがミドリゼミが「関関同立以上の大学進学者を対象」にしている理由です。
大人になっても続く「やってる感」の末路
こうした「底の抜けたバケツ」のまま、もはや偏差値の序列もない偏差値50以下の大学に滑り込んだ子どもたちが大人になるとどうなるか。
就職好景気の波に乗って、仮にそれなりの企業に入り込めたとしても、彼らは大した仕事もしていないのに、あのスポーツジムの若者のように「やってる感」だけを出して仕事をこなした気になり続けるでしょう。そして、自分の至らなさを上司から少しでも咎められれば、「オレは精一杯やっている」→「それって、ハラスメントですか?」と言い出します。
これが最近やたら多い、昔の現地採用の腰掛OLと大差ない事務仕事をスキルと勘違いしているジョブ型雇用礼賛の若者です。彼らの理解力と頑張りでは事務sごとの多少のスキルアップで、いつでもAIに置き換わるものしか理解の範疇にないのです。
当然「結婚したら辞めてくれる前提の雇用の腰掛OL]と同様に、30歳半ばでリストラされていきます「Z世代とジョブ型雇用の罠を学習塾で痛感する――「正解」を求める子供たちが迎える残酷な未来 」。


