予備校の合格者数の真実~入塾無料=自習利用で籍を置く成績上位者
受験シーズンや夏期講習の前には、メディアやチラシに「京大〇〇名」「阪大・神大〇〇名」「関関同立〇〇名合格」といった、大手予備校による華やかな合格実績が躍るようになります。これらを目にする保護者の多くは、提示された数字をそのまま「その塾がゼロから学力を伸ばして合格させた生徒の数(実数)」として受け止めがちです。
しかし、統計データや業界の構造を客観的に分析すると、そこには一般に知られていない明確なカラクリが存在することが分かります。今回は、感情的な批判を排し、業界のガイドラインやビジネスモデルとに基づいて、合格実績の裏側を解説していきます。
業界のガイドラインの隙を突く「在籍要件」
学習塾や予備校の広告表示には、消費者を保護するための自主規制基準が存在します。例えば、公益社団法人全国学習塾協会が定めるガイドラインでは、合格実績にカウントしてよい生徒の基準をつぎのように定めています。
【一般的な合格実績のカウント基準】 受験直近の期において、継続的に「3ヶ月以上」在籍し、かつ受講時間が「30時間以上」であること。
一見すると厳格なルールに思えますが、ここには規約の網の目をくぐり抜けるシステムが構築されています。
例えば、多くの大手予備校が実施している「春期講習」や「夏期講習」の無料体験キャンペーンです。これらに申し込む際、規約上「自動的に無料の登録生」として処理されるケースが多々あります。これにより、生徒側は「数日間の講習を受けただけ」という認識であっても、予備校側のシステム上は「春や夏から入試まで籍を置く無料塾生(在籍期間3ヶ月以上)」として合法的にクリアされます。
さらに「30時間」という受講時間についても、短期講習の時間だけでなく、模擬試験の受験時間や、それに付随するWEB解説動画の視聴時間などを合算することで、容易に基準を満たすことができます。
「特待生制度」「自習室」によるトップ層の囲い込み
さらに、進学校のトップ層を対象とした「特待生制度」が絡み合います。 大手予備校は、こうしたもともと最上位の学力を持つ生徒に対し、「授業料無料」「入会金免除」といった条件を提示して囲い込みます。
このような授業料無料化は以前からあった制度ですが、最近の生徒の囲い込みで利用されるのが「自習室の無料利用」です。
確かに、トップ層の生徒はいくら無料であっても予備校の興味がない授業や講習などを受けることはありません。時間の無駄です。しかし、この無料制度に登録しえt在籍しておけば、大手予備校が持つ駅前などの一等地にある自習室を帰宅時や他の予備校に通学する空き時間に利用することができます。
囲い込んだトップ層が合格者の「延べ人数」を叩き出す
もう一つ、これらの有名予備校の凄い合格者数の大きな要因は、合格実績が「実人数」ではなく「延べ人数」で計算されている点です。
一人の極めて優秀な受験生が、京都・大阪・神戸大学に合格し、さらに併願校として同志社大学、立命館大学、関西大学、関西学院大学の複数の学部に合格した場合、その一人の実績が「京大1、関関同立6」のようにカウントされます。
こうしたトップ層の囲い込みと合格実績の裏側については、教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏の名著『ルポ 塾歴社会』(幻冬舎新書)などでも生々しく描かれており、受験業界では公然の事実となっています。
その結果、一人の優秀な特待生が複数の予備校で同様の「無料囲い込み」を受けていた場合、その生徒が合格した「京大1名」の実績は、それぞれの予備校で同時に重複カウントされることになります。予備校が発表する特定の大学・学部の合格者数を合算すると、実際の大学の募集定員を大幅に超過するという「統計上の矛盾」がたびたび指摘されるのは、この重複カウントが原因です。
【現代版の水増し】複雑化する入試方式を利用した延べ人数の増大
かつて受験業界では、優秀な生徒に塾側が受験料を実質的に負担し、私立大学を何学部も受験させて合格者数を水増しする行為が社会問題となりました。現在、こうした直接的な金銭供与は厳しく規制されています。しかし、その手法は「入試方式の複雑化」を利用した、より洗練されたシステムへと形を変えて生き残っています。
現在の大学受験、特に関関同立をはじめとする私立大学の受験方式は、一般入試(全学部日程・個別日程)、共通テスト利用入試(単独型・併用型)、さらには英語外部試験利用など、受験マニアでなければ全容を把握できないほど複雑化しています。
この無料在籍者などが相談に来た場合、予備校側は膨大なデータをもとに「この組み合わせ(併願パターン)なら、共通テストのスコアだけで関関同立のここが狙える」「この日程を組み合わせれば、受験料の複数枚割引が適用されて1回あたりが安くなる」といった生徒に有利な提案を行います。
国公立を目指す優秀な生徒層は、わざわざ私立の試験会場に足を運ばずとも、共通テストの出願書類を数枚出すだけで、自動的に「同志社・立命館・関西大」などの合格を手にすることになります。また、一般入試でも「割引になるから」と安全策として、1人で4学部、5学部と受験することになります。
予備校側は、自腹で受験料を払うリスクを負うことなく、「複雑なシステムを整理してあげる指導」という大義名分のもと、生徒自身の財布から受験料を出させ、1人の優秀な生徒から5個も6個もの合格実績を合法的に仕入れているのが現代のリアルです。
4. 教育格差の再生産とミスマッチ
このビジネスモデルの本質は、「トップ層の優秀な生徒(特待生)には無償、あるいは共通テスト利用などの低負担で合格実績を作ってもらい、その数字を見て集まった一般の生徒から授業料を回収して利益を上げる」という構造にあります。
誤解のないように強調しておきますが、これは大手の存在を全否定するものではありません。大手予備校には優れたカリキュラムや洗練されたテキストがあり、一般の受講生として入塾し、自力でそれをやり切って合格を掴み取る生徒も数多く存在します。
しかし、この構造的背景を知らないまま数字だけを盲信してしまうと、重大なミスマッチが生じます。「合格実績が多いから手厚く見てもらえるだろう」と期待して入塾したものの、実際のきめ細やかなフォローやデータ分析の恩恵は、実績を量産してくれる一部の最上位層に集中しており、一般の生徒は「その他大勢の授業料負担者」として埋もれてしまうというケースが後を絶たないのです。
広告に掲載されている派手な数字は、必ずしも「その塾の指導力によってゼロから学力を伸びた人数」を意味していません。極端に言えば、「その塾の無料の囲い込みや出願指導に一瞬でもアクセスした、もともと優秀な生徒の総数」です。
【本記事の推論における参考文献・根拠情報】
- 『ルポ 塾歴社会―東大・京大合格者が牛耳る「鉄緑会」の秘密』(著:おおたとしまさ、幻冬舎新書)
- 消費者庁:『不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)』に基づく学習塾の合格実績表示に関するガイドライン、および過去の措置命令事例
- 公益社団法人 全国学習塾協会:『学習塾通塾管理基準(合格実績表示の自主規制基準)』
- 文部科学省:『学校基本調査』における私立大学の志願倍率・併願動向データ
- 『教育格差―階層・地域・学歴』(著:松岡亮二、ちくま新書)


