30歳代、40 歳代に全盛になる人間の全能感と中学受験の悲劇

人生における「二つの全能感」の対比

人間の発達過程には、「自分は何でもできる」という強い万能感や全能感を抱く時期が二度訪れます。しかし、その心理的メカニズムと目的は大きく異なります。

一度目は、思春期(中学生頃)の子どもに現れる「個人的寓話」です。「自分は特別な存在であり、周囲の凡人とは違う」と信じ込むこの心理は、親の庇護から離れて社会へ羽ばたくための、いわば「根拠のない前向きな錯覚」です。現実の壁に突き当たり適度にへし折られることで、子どもは等身大の自己肯定感を獲得していきます。

二度目は、30代から40代の大人の時期に全盛を迎える全能感です。これは性別や置かれた環境によって、二つの異なる心理的歪みとして現れます。

  • 女性(母親)に現れやすい「自己愛の二次的肥大」 出産や育児というライフイベントを通じ、「命を生み出し、家庭を守っている」という絶対的な当事者意識(母親という記号)を得ることで、自己の存在価値や正当性が過剰に膨らむ現象です。
  • 男性(父親)に現れやすい「コントロール幻想(制御の錯覚)」 35歳から40代にかけて職場で一定の役職(課長職など)に就き、組織のマネジメントや決済権を持つことで、「自分の手腕や管理次第で、他者や状況を完全に思い通りに動かせる」と錯覚する認知バイアスです。

【参考文献】

  • デイヴィッド・エルキンド著『思春期の子どもたち:その心理と行動』(個人的寓話・自己中心性の定義)
  • ジークムント・フロイト著『自己愛について』(二次的自己愛・肥大のエッセンス)
  • エレン・ランガー著『コントロール幻想:制御の錯覚に関する心理学的研究』

親の全能感を利用する中学受験システム

年齢的にもこの親の心理적エネルギー(自己愛の二次的肥大とコントロール幻想)が、我が子の教育へと向けられる中学受験という舞台がその受け皿となります。

進学塾をはじめとする中学受験のビジネスモデルは、この40歳前後の親の心理構造を的確に捉え、システムの中に組み込んでいます。 塾側は、細分化されたクラス昇降制度や膨大な学習タスク、各種オプション講座を提示することで、親を「家庭内の管理職」へと仕立て上げます。

自己愛の二次的肥大を起こした母親は「私の教育方針に間違いはない」という確信のもと、コントロール幻想を抱いた父親は、受験を「自分が予算とスケジュールを徹底管理すれば勝てるプロジェクト」と捉え我が子に過剰な負荷をかけ始めます。塾側は、親の「子供を思う通り育てたい」という自己愛とコントロール幻想を刺激し、高額な課金レースへと誘導していきます。

【参考文献】

  • 高瀬志帆著『二月の勝者 ー絶対合格の教室ー』(小学館)(親の心理と塾のシステム構造)
  • 山口周著『劣化するオッサン社会』(光文社新書)(組織マネジメントの家庭への持ち込み)
  • 宇野常寛著『「母性」のディストピア』(集英社)(母性神話と承認欲求のブースト)

上位校での挫折と、親の自己否定の拒絶

親の強力な主導(過剰な管理や課金)によって、本来の学力以上の難関上位校に無理やり合格させた場合、入学後に深刻な課題が生じることがあります。 周囲の真に優秀な生徒たちとの実力差を前に、子どもが自信を完全に喪失し、学習意欲を失って校内でいわゆる「落ちこぼれ(深海魚)」の状態に陥るケースです」大学入試で逆転する学校間格差・逆転は難しい校内格差/上位校に下位で進んではいけない理由/哀れさえ感じます」「最上位公立高校の中位は下位高校の上位に追い抜かれ、下位は中堅高校の上位に追い抜かれる/中高一貫の私立でも同じことが起こります/最上位校で落ちこぼれる生徒の特長」。

合格によって親の全能感は極限に達しているため、この成績不振という現実に直面した際、親は容易に「自己否定」を受け入れることができません。「自分のこれまでの教育方針や、我が子の実力を見誤っていた」と認めることは、親自身のプライドの崩壊を意味するからです。

そのため、彼らは自己防衛として、思い通りにならなくなった教育指導を外部(学校や塾)へ任せます。「キチンと勉強させてください」と面談で言ってくる学校には「お前こそきちんと教えろ」と正面から批判できず、結果として「塾」へ無理難題が持ち込まれます。

ところが、その塾側が子どもの現状のキャパシティやリソースの限界を客観的に見極め、「全科目の勉強は破綻を招くため、文系なら英語と国語、理系なら数学と英語に科目を絞り、私立の最上位を狙う戦略に切り替えましょう」と、極めて現実的で打当な進路変更を提案したとします。しかし、全能感から脱却できていない親は、これに対して「それでは国立大学に行けないではないか」と受け入れられないことが少なくありません。親自身の敗北を認めることになるため、頑なに上位国立大学に固執するのです。この自己否定の拒絶が、今でもアップアップな子どもをさらなる過密学習へと追い込み、より深刻な落ちこぼれへと転落させていく悪循環を生み出します。

そして子どもが高校生になる頃、親は45歳から50代前半へと差し掛かります。この時期は、それまでの万能感のもとになっていた「流動性知能(物事を効率よくコントロールする力)」の限界や衰えが生まれます。思春期になった子供のコントロールが効かなくなる、あるいは会社でも自分の出世の限界が見えるという外部環境のの強制終了によって突きつけられる過渡期にあります。この現実を前に、親の心理変状況は主に次の3つのパターンとその混ざった状態になります。

  1. 責任転嫁と現実逃避(全体の約50〜60%) 自身の全能感や学校のブランドにまだ縋りつき、子どもの不振を塾の指導力や本人の努力不足にし、思考停止する状態です。
  2. 過度な自責とうつ(全体の約30%) 「自分の見栄やコントロール欲が子どもを追い詰めてしまった」と気づき、強い罪悪感にとらわれる状態です。
  3. 現実の受容と方針転換(全体の約10〜20%) 過去の傲慢さを認め、学校や国立の看板への執着を完全に捨て去る状態です。「この子に最適な将来」を具体的に受け入れる境地に至り、科目の絞り込みしこうなど、子どもの心を救う現実的な選択を取り始めます。

【参考文献】

おおたとしまさ著『中学受験「必笑法」』(ダイヤモンド社). 上位校での挫折と、親の「流動性知能」の限界

レイモンド・キャッテル著『知能の構造と流動性・結晶性知能の理論』

エリク・H・エリクソン著『アイデンティティとライフサイクル』

30歳を迎えた子どもの視点と親との距離感

中学受験から約20年が経過し、子どもが30代を迎えたとき、彼らは社会の厳しい現実に直面すると同時に、かつての親と同じ年齢(全能感の時代)に近づきます。苦しかった中高時代、大学受験の失敗、思うようにいかない就職、その結果の今の生きづらさを振り返る中で、幼少期の過剰な教育管理が自身の主体性や自己肯定感そして人生を根こそぎ破壊していた事実に、多くの子どもが気づき始めます。

この段階に至った子どもは、過去の家庭環境と現在の自分を切り離すため、親に対して以下のような反応や距離の取り方を示します。

  • 静かな絶縁(心理的・物理的な距離の確保) 実家への帰省や連絡を最小限にし、事務的な関わりにとどめます。親の全能感的な言動を冷徹に見抜いているため、本音での相談は一切行わなくなります。
  • 直接的な感情の表出 一人の自立した大人として、当時の苦しみや過剰な支配に対する怒りを親に直接ぶつけ、過去の清算を求めます。
  • 無気力の固定化と依存 親への怒りを外に出せないまま、「親に人生を壊された」という被害者意識から抜け出せず、精神的・経済的に親に依存し続ける状態に陥ります。

【参考文献】

  • 斎藤学著『アダルト・チルドレンと家族:心の傷を癒すヒント』(中外医学社)
  • 磯村旭輝著『教育虐待・教育ネグレクト:過度な期待が子どもを壊す』(青春出版社)
  • 東洋経済オンライン掲載コラム「高学歴ひきこもり・燃え尽き症候群の30代の実態」(各種ルポルタージュ記事)

学習塾として目指すべき教育のあり方

中学受験は、親の情熱や管理能力が成果に結びつきやすい反面、親側の「自己愛の二次的肥大」や「コントロール幻想」が暴走したとき、子どもの人生を台無しにする重大なリスクを孕んでいます。40代の支配モードを長引かせた代償は、20年後に「子どもからの精神的な見捨て(絶縁)」という形で返ってくることになります。

当塾では、受験を親の自己実現やコントロールの場とするのではなく、子ども自身が最良の自分の人生を築く礎となる受験のサポートを目指しています。その観点から、客観的な判断をしていただけるように親御様と相談して学習指導を続けています。

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芦屋で500人以上、個別指導20年のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。御影高校・神戸高校、関西学院・同志社・神戸大学・大阪大学を目指す特進個別塾です。