スタディサプリ売却報道のピント外れな解説、映像型授業は普通の生徒には役に立たない

大手オンライン学習サービスが売却されるというニュースが報じられました「スタディサプリ売却、リクルートの誤算 塾現場「生徒なかなか見ない」。経済メディアは判で押したように「少子化の進行」や「対話型AIの台頭」を理由に挙げていますが、教育現場を知る人間からすれば、的外れな解説と言わざるを得ません。

18歳人口がここ数年で突然半減したわけでもなく、少子化は急な事業売却の直接の引き金にはなり得ません。また「対話型AIに奪われた」という見立ても的外れです。動画すら見ない生徒が、AIの解説文を自発的に読み込むはずがありません。彼らがやるのは宿題の丸写し程度で、授業の代替にはなっていないのです。

メディアの語る「少子化とAI」は都合の良い言い訳に過ぎません。現場から見れば、真の敗因はもっと根本的な「映像授業そのものの欠陥」「映像授業を受ける生徒とのミスマッチ」にあります。

オンライン学習アプリが抱えていた「根本的な設計ミス」

スタディサプリの最大の問題点は、月額数千円という破格の安さで集まってきた「最も勉強習慣がなく学力も低い生徒たち」に対して、強制や行動管理を行うマネジメント機能が一切なく、完全に野放しにしていたことに尽きます。

大手予備校に年間100万円を払って通う家庭とは異なり、この安価なサブスクに集まったボリュームゾーンは、「親が安いからと契約して買い与えたものの、自力で勉強する気力も習慣もない層」や「学校で一括導入されてアカウントを配られただけの層」でした。本来、最も徹底した監視と伴走が必要なはずの「学力が低く自走できない層」にすべてを自己責任として丸投げしたのですから、破綻するのは最初から目に見えていました。

  • 学校で聞けない子が、スマホやタブレットで聞けるわけがありません 教室で目の前に先生が立ち、机に座らされ、内申点や定期テストのプレッシャーがある環境ですら授業を聞かず、宿題も自力で解き切らない生徒が、何の強制力もない自室のベッドでスマホやタブレットを開き、同じような教科書通りの解説を真剣に見るはずがありません。
  • 動画を見ながらPDFを見て解く……紙の媒体がないUIの致命的な苦痛 スタディサプリが本来想定しているのは、「手元にテキストを開いて例題や問題を確認し、動画講義の解説を視聴しながら板書を書き写し、単元末の演習問題を解く」というインプットとアウトプットの流れです。 ところが、そのテキストは別売りの冊子をわざわざ購入しない限り、基本は「画面上で見る無料PDF」です。紙の媒体が手元にあればまだしも、家にプリンターがない、あっても相当数の分量をわざわざ印刷する生徒などまずいません。 結果として生徒は、スマホやタブレット1台の小さな画面の中で「動画を再生し、一時停止してPDFの問題文に切り替え、手元のノートに解き、また動画に戻る」という極めて煩雑な反復作業を強いられます。低価格で集まった学習習慣のない生徒たちに、大人でも嫌気がさすような面倒な操作を強いたところで、ワンタップでYouTubeやSNSへ逃げ出してしまうのは必然です。
  • 「わからないから明日友達に聞く」は絶対に起きません 紙のテキストで泥臭く自力で解き進めることすらしていない生徒が大半ですから、そもそも「自分がどこでつまずいているのか」という疑問すら湧きません。さらに勉強が苦手な生徒特有の羞恥心や無関心が働き、翌日学校で誰かに質問しに行くような奇跡はまず起こり得ません。
  • 「動画を見るだけ」はただのエンタメ消費です PDFの問題演習を放棄し、講師が綺麗に整理してくれた板書を眺めているだけの時間は、脳への負荷がほぼゼロであり、「わかった気」になる麻薬でしかありません。学力とは「どれだけ分かりやすい解説を聞いたか」ではなく、「紙とペンを使って自力でどれだけ泥臭く手を動かし、解き切ったか」でしか身につきません。本来必須であるはずのテキスト演習(アウトプット)を丸ごとスキップした生徒に、どれだけ分かりやすい講義動画(インプット)を掛け算しても、結果はゼロのままです。

大手映像型予備校の本質:「厳しい塾から逃げてきた生徒」と課金ベルトコンベア

一方で、同じ映像授業を使いながら今なお生き残っている大手映像型予備校があります。しかし、彼らは教育の質が高いから生き残っているのでしょうか。

そもそも、こうした映像型予備校の門を叩く生徒たちとは一体どのような層なのか。現場の実態を見れば、彼らの多くは「宿題をサボれば怒られ、授業中に当てられ、テスト結果で居残りをさせられる厳しい対面塾」から逃げてきた生徒たちです。直接叱られるストレスや対人関係の緊張感を嫌い、「自分のペースでできる」「怒られない」という居心地の良さを求めて画面の前にやってきます。

しかし、そうした逃避の先で待っているのは、教育ではなく徹底したビジネスの囲い込みです。

  • 個室ブースでの居眠りと形骸化した確認テスト 厳しい対面指導を嫌って映像型予備校にやってきた生徒たちですから、個室ブース内での居眠りやスマホいじりは日常茶飯事です。受講コマ数を消化するために1.5倍速や2倍速で聞き流し、直後の確認テストもその場の短期記憶やカンニングで記号を暗記して通過してしまう程度のものです。手元のプリントも答えを書き写すだけの作業になりがちで、現場のシステム自体は空洞化しています。
  • 学生バイトによる「進捗詰め」と講座追加営業 現役大学生の担任助手が週に1度行う面談は、高度な教科指導を行う場ではありません。「予定通り動画を消化しているか」の確認と、模試の判定結果で生徒や親の不安を煽り、「このままでは志望校に間に合わないから、季節講習や弱点補強パック(数十万円)を追加しましょう」と契約を迫るための営業窓口です。「もう1回見ろ」「1つ下のレベルを買い直せ」と、不安を燃料にして年間100万を搾り取るベルトコンベアが敷かれています。
  • それでも高額予備校が成立する理由 中身は形骸化していても、厳しい塾を嫌がった生徒を物理的に個室ブースへ閉じ込めることで、「家でだらだら放置されるよりはマシ」と考える親の免罪符需要をガッチリ吸収しているからです。

教育業界の本質は「教科指導」ではなく「生徒の管理」

結局のところ、大手映像型予備校が機能しているように見えるのは、「個別ブースに座らせて、カリキュラムを無理やりにでも消化させる強制力」があるからです。ここが、安価に集めた学力の低い生徒たちを、画面の向こうに完全放置して散っていったスタディサプリとの決定的な差です。 つまり、世の中の塾や予備校に本当に求められている価値とは、看板に掲げられている「分かりやすい教科指導」などではなく、「子どもを机に縛り付け、サボらせないように管理すること」そのものなのです「映像授業が役に立つ子供」。

「神授業」の虚像――講師たちの実態と本物の講義の違い

「有名講師による分かりやすい神授業」という看板の裏にも、大きな欺瞞が存在します。各プラットフォームで教鞭を執る講師たちの実態は、宣伝文句とはまったく異なります。

  • スタディサプリの講師陣:プロだが「分かりやすい教科書解説」を出ない 「神授業」を前面に押し出していても、その実態の大半は学校の授業や市販の参考書の解説を、少し噛み砕いて小綺麗に板書し直した程度に過ぎません。本当に素晴らしい一部の看板講師こそ話題を集めたものの、サービス全体として並んでいる講義は、丁寧ではあるものの「普通の学校の授業と大差ない教科書通りの解説」が大半です。教科書の内容すら学校で自力で咀嚼できない生徒が、同じレベルの解説を画面越しに見て急に覚醒するような魔法はどこにもありません。
  • 大手映像型予備校の看板講師:「初見で使えない職人芸」と課金のすり替え 大手映像型予備校のカリスマ講師陣は、独自の公式やフレームワークを当てはめて設問を鮮やかに捌くテクニックを武器にしています。しかし、これが実際の入試本番で普通の生徒に機能しているかといえば、大いに疑問です。あらかじめ解答を知っている講師が後付けで鮮やかに見せる説明は、その講師の授業技術に過ぎません。特定の良問にしか綺麗にハマらない解法から無理に普遍性を引き出し、普遍的な必殺技のように説明されても、条件が少しひねられた問題に当たるとどう解けばいいのか分からず、答案用紙を前に完全にフリーズします。なぜこのような授業が行われるかというと、スタディサプリや学校の授業とは明らかに違う手際を見せつけないと高額な授業料を取れないからです。そして、その予備校の高額ビジネスが成立するのは、「その手際がいいカリスマ講師の授業を受けられる」という生徒側の盲信と、「そんな素晴らしい授業を受けても本番で使えないのは、お前たちの復習と落とし込みが甘いからだ」と責任をすり替える指導があるからです。そしてその指導の着地点は決まって、「じゃあ、この講座も……」という新たな課金の始まりなのです。
  • 知的な名講義ほど大衆には売れない 難問をエレガントな別解や本質的な数学の美しさで解き明かす鈴木貫太郎さんのような講義は、もともと学力が高く知的好奇心のある一握りの上位層にしか刺さりません。受験生の9割は「勉強が嫌いで、目先の定期テストや受験を要領よく乗り切りたい層」です。頭を使う本質的な解説からは即座に逃げ出してしまいます。YouTubeで本当に学問的に優れた教育動画の再生数が爆発しない理由がここにあります。閲覧者はごく一部の偏差値75以上の層と教員やマニアに限られます。

厳しい現場から逃げてきた生徒と、映像ビジネスの致命的なミスマッチ

映像授業の市場が直面している本質は、「厳しい指導から逃げてきた生徒の心理」と「ビジネスモデル」の致命的なミスマッチです。

低価格なスタディサプリは、「自力でPDFを見て、動画を見て、問題を解く」という最も自律性を要する指導モデルを生徒に丸投げしました。しかし、集まったのは勉強習慣のない層であり、対面塾の厳しさから逃げてきた生徒たちです。何の強制力もない自室で、そんな苦行を完遂できるはずがありません。これが安価な自走型モデルの必然的な自滅です。

一方で大手予備校は、厳しい塾から逃げてきた生徒を厳しく叱る代わりに「個室ブース」という緩い逃げ場を与え、模試で点が取れなければ「努力不足だから追加講座を買いなさい」と親の財布を開かせます。生徒は叱られる苦痛から逃れ、親は高額な受講料で安心を買い、予備校は売上を伸ばす。そこにあるのは学力の向上ではなく、「厳しい現実から逃げたい生徒・親」と「課金を続けさせたいビジネス」の利害の一致です。

映像授業を求める生徒の根底にあるのが「強制や苦痛からの逃避」である以上、自走を前提とした安価な自習モデルは破綻し、不安を煽ってブースに囲い込む高額モデルだけが生き残る。スタディサプリの撤退報道が浮き彫りにしたのは、少子化やAIなどではなく、「厳しい対面指導から逃げてきた生徒を、画面越しにどうマネタイズするか」という教育業界の歪んだ構造の限界だったのです。紙とペンを動かして解き切らせる現場のリアルな強制力」なのです。 この「管理を要する層」を低価格で囲い込みながら、野放しにして放置したビジネス設計こそが、スタディサプリの敗因だったと言えるでしょう。

映像授業が本当に役に立つのは、基礎学力があり、それなりの応用問題を解く努力も自分で乗り越え、その上で学校の授業などでは到底聞けない高度な解法に興味を持つレベルの生徒、京都大学や公立大学の医科を真剣に狙う生徒のみです。

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芦屋で700人以上、個別指導20年以上のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。大阪大学・神戸大学・同志社・関西学院、神戸高校・御影高校を目指す特別進学コースの個別指導塾です。