夏休みの「1日12時間学習で難関大学に」という夏期講習の裏側~ビリギャルの真実と学習量の限界について
夏休みを前にすると、学習塾や予備校の「1日12時間勉強して難関大へ逆転合格」といった宣伝が多くなります。特に、「偏差値30からの難関大学」といったビリギャル的合格体験を載せて集客する塾や予備校がふえます。
こういう宣伝をする予備校や塾に行ってはいけません!思考力を要する本物の学習を、休憩時間を除いて1日12時間継続することは、人間の認知構造上不可能です。私の20年以上の指導経験だけではなく、学者たちの調査データからも不可能だと断じられています。
我が子の成績に焦りや不安を抱く親御さんを煽るような表現で、効果のない学習を子供に押し付けて集客をしようとする塾や予備校など不誠実そのものであり、学習指導以前の問題としてそんな不誠実な塾や予備校に行かせては、みすみす子供を潰しているようなものです。別にミドリゼミに来てほしいと言っているわけではありません。
大学受験の学習とは、単なる暗記や作業ではありません。未知の数学の問題に対して「なぜこの解法が成り立つのか」と頭をフル回転させてその構造を紐解き、複雑な英語長文や古文の文法を「自分の頭で論理的に認識する」という、極めて知的負荷の高いアプローチが求められます。1日12時間の学習など非現実的です。
では、なぜこのような宣伝が成立するのか、そしてなぜ大人がそれに賛同してしまうのかについて、科学的知見と学習の構造から解説します。
この内容は「「1日12時間の勉強で偏差値35からの大逆転!」は、まさに偏差値35相手の詐欺ビジネス」「夏休みに1日12時間学習しよう!のウソ/ウソだと分からない高校生は受験に失敗する」を科学的知見も加えて客観的な視点から書き直したものです。
ビリギャルの真実 「偏差値30からの逆転劇」に隠された数字のマジック
こういう塾や予備校の宣伝で取り上げられ、そして親御様も「12時間頑張って難関大学に進んだ生徒がいるでしょ?」と言われる例に挙げるのが、ビリギャル=「短期間の猛勉強で慶應義塾大学に合格した有名な実話(映画)」の存在です。
しかし、あの有名な逆転劇の裏側にある「入試制度」と「数字のマジック」まで正しく認識している方は非常に少ないのが現状です。
あの大逆転劇が成立した背景には、「1日12時間の学習で難関大学へ」という宣伝をする教育関係者が絶対につまびらかにしない3つの前提条件があります。
- ①「母集団」という数字のトリック モデルとなった生徒の「偏差値30」「学年ビリ」という数字は、全国の平均値ではありません。彼女が通っていたのは、非常に優秀な生徒が集まる私立中高一貫の進学校でした。つまり、その進学校内での相対的な評価としての「偏差値30」であり、一般的な公立高校の生徒も含めた「全国模試」の基準に換算すれば、スタート時点で既に偏差値50前後の基礎学力が担保されていたというのが実態です。
- ②「潜在的な英語力」というアドバンテージ さらに決定的なのは、彼女には幼少期からの英会話などを学習して来て「英語の耳」や「感覚的な読解力」という大きな貯金があった点です。日本のペーパーテストの形式(文法の穴埋めなど)を真面目に学習したことがなかったために初期の模試の点数こそ低く出ていましたが、潜在的な英語の素養は最初から高いレベルにありました。大学受験において最も習得に時間がかかる「英語」の地力が初めからあったのです。
- ③ 科目を絞った「特化型入試」の構造 彼女が合格したのは、一般的な3教科の一般入試ではなく、慶應義塾大学(総合政策学部・環境情報学部)の「英語」と「小論文」の2科目のみで受験できる自己推薦の入試方式です。暗記項目が膨大な「社会」や、一朝一夕では読解力や文法が身につかない「現代文・古文」を完全に排除し、自分の強みだけに全資源を一点集中できたからこその逆転劇でした。
このように、メディアや予備校が宣伝する奇跡のストーリーには、一般の受験生には当てはまらない前提条件が幾重にも隠されています。これを「12時間机に向かえば誰でも同じように届く」と混同することは危険です。
ビリギャルの正体とは~基礎訓練済みの受験生
冷静によく考えてみてください。一般入試で慶應に進むような偏差値70の高校生が、いかに普段勉強しなくても、テスト前に付け焼き刃的に勉強するだけしか高校2年生でしてしていなかったとしても、全国模試で偏差値30というレベルなどあり得ません。偏差値30の高校生では最底辺レベルで、中学レベルの学習内容でも理解できないっていないということです。そんなことはあり得ないことなど誰にでもわかることです。
このビリギャルのストーリーに当てはめてみても、英会話なども全くできずに中学生の教科書も読めないレベルです。
ビリギャルは中学受験で暗記型のシステム1と呼ばれる中学受験などで育成される知能を極限まで訓練していました。このシステム1は暗記力育成に使われるだけではなく、高校時代に育成される理解型の知能の土台となります。ビリギャルは中学受験後は少しサボったわけですけれども、中学受験の訓練でシステム1は充分育っていた。システム2の準備はできていたということです。その上、英会話などの基礎訓練で英語力の土台を持っていた。そこで少し真剣に勉強し出すと、短期間に英語でシステム2を育成できた。システム1もない全国模試偏差値30とはワケが違うのです「中学・高校受験までのIQ、大学受験のIQ 小学生のトレーニングと努力できる遺伝子で決まる子供の将来」「神戸大学と関関同立の合格者の男女比は明確に違う~数学の壁とIQの真実」。
けれども自分の子供への愛情で盲目となっている親だけがわかっていない、という現状を利用して学習塾は夏期講習を売り込むわけです
認知心理学が示す「集中」の限界と時間配分
真面目に考え、1問ごとに意図を把握し、間違いの原因を明確にしていくような学習は、純粋な時間として1日8時間が限界です。この8時間は休日に一人で問題集などを解いている時間のことで、学校や塾で授業を受けている学習時間ではありません。この私の指導経験は学者の統計データともほぼ一致しています。
人間のパフォーマンスを研究する認知心理学(アンダース・エリクソン教授らの研究など)では、自分の限界に挑むような超高度な集中(意図的訓練)を持続できるのは、1日最高でも4〜5時間が限界であるとされています。
受験勉強における「8時間」では、この科学的限界を前提に、以下のように脳のギアを使い分ける学習や科目があるのでそれを統合して成立する数字です。
- 4時間(高負荷・ディープワーク): 未知の難問の構造を紐解き、自分の弱点を修正する、最も脳を酷使する学習。
- 4時間(中負荷・マイルドワーク): すでに理解した問題の解き直し、英単語の暗記、典型パターンの反復練習など、比較的脳のエネルギー消費が少ない学習。
これらを厳密に組み合わせてようやく達成できるのが8時間です。もし1日12時間を目標に設定してしまうと、「高負荷の4時間」の濃度すら薄まり、1日中ずっと、参考書に線を引くだけの「脳に負荷のかからない楽な作業」に時間を費やすことになります。これでは長時間を机の前で過ごしても、学力向上には結びつきません。そして、こういいう学習を続けている生徒こそ「勉強をしているのになぜ成績が上がらないのか?」という疑問を本人も親も持つことになるのです。
(参考文献)
ricsson, K. A., Krampe, R. T., & Tesch-Römer, C. (1993). The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review, 100(3), 363–406.
『小さな天才の育て方・高め方――「遺伝子神話」にだまされない最高の教育理論』(アンダース・エリクソン / ロバート・プール著、文藝春秋)
※文庫版タイトル:『超・一流になるのは才能か努力か?』
「大人の労働時間」と「子供の学習時間」の構造的相違
この話をすると、親御さんから「自分は毎日会社で10時間以上働いている。元気盛りの高校生が12時間勉強できないわけがない」という意見が出ることがあります。毎日長時間の労働をこなされている責任感は尊重されるべきですが、ここで大人自身の「10時間」の内訳を客観的に検証する必要があります。
産業心理学などの調査データによると、一般的なデスクワーカーが勤務時間中に本当に高い集中力を維持して仕事をしている時間は、平均して約3時間にとどまると報告されています。残りの時間は、直接関与しない形式的な会議、過去の経験に基づいたルーティンワーク、事務処理、あるいは適度な情報収集や雑談です。
これは、いわば「学校の授業を、適度に力を抜きながら聞き流している子供の状態」と同じです。脳を常にフル回転させているわけではないからこそ、大人は仕事帰りにスポーツクラブに通ったり、帰宅後に資格試験の勉強をしたりする余力(エネルギー)が残るのです。子供が学校の授業の後に部活動や自習ができるのも、これと同じ仕組みです。
しかし、休日に自宅で行う自習は、全時間を「能動的な問題解決」に充てることになります。しかも、その多くは解いたことがない問題も含まれています。大人の仕事に例えるなら、「10時間連続で、まったく経験がない新しい企画で論理の矛盾もデータの間違いもない重要プレゼン資料を作れ」と言われているようなものです。
自分が職場で無意識に行っている「時間配分(息抜き)」を考慮せず、総拘束時間だけを基準にして子供に同等の時間を要求することは、学習の構造を誤認していると言わざるを得ません。
(参考文献)
The compelling case for working a lot less BBC
『DEEP WORK 諦める技術――しつこい誘惑から集中力を取り戻す』(カル・ニューポート著、ダイヤモンド社)
なぜ予備校は「12時間」という非現実的な数字を掲げるのか
では、なぜこれほど脳科学の限界や学習の構造を無視してまで、世の中の学習塾や予備校は「1日12時間」という言葉を連呼するのでしょうか。
理由は極めてシンプルです。夏休みに「高額な夏期講習」のセットを大量に売り込むための、マーケティングだからです。
大手予備校や塾のビジネスモデルは、生徒を朝から晩まで教室に拘束し、1コマでも多くの授業を消化させることで成り立っています。もし彼らが「本当に集中できるのは自習で1日8時間が限界です。それ以上は意味がありません」と本当のことを言ってしまえば、学校の課題もある子供に朝から晩までギッシリ詰まった高額な講習プラン(数十万円のセット)を親御さんに買ってもらうことができなくなります。自らの売上を激減させることになるからです。
だからこそ、この時期になると彼らは一斉に「12時間学習」の必要性を訴え、あたかも「その過酷なスケジュールをうちの講習で一緒に乗り越えましょう」というストーリーを作り上げます。
そんな塾や予備校では、ボケ~っと子供が夏期講習を受けていようが関係ありません。彼らが売っているのは、学力を伸ばすための科学的なカリキュラムではなく、手遅れになる恐怖を抱えた親御さんの不安を一時的に和らげるための「12時間の滞在枠」に過ぎません。親の切実な愛情と焦りを利用し、実質的な集中力を伴わない「座っているだけの時間」に大金を支払わせる。これが、毎年夏休みに繰り返されている教育業界の不誠実な実態です。
結論:生産性の観点から夏休みの計画を見直す
教育業界が「12時間」という数字を強調するのは、手遅れになる恐怖を抱えた親御さんの心理に働きかけるマーケティングの手法でもあります。「12時間やれば逆転できる」という分かりやすい指標をビリギャルで提示することで、顧客の安心感を引き出しているのです。
しかし、優秀なビジネスパーソンであれば、業務において「残業時間の長さ」ではなく「時間あたりの生産性(投資対効果)」を重視するはずです。これは受験勉強においても全く同じです。
ダラダラと机にしがみつく実態のない12時間ではなく、脳が正常に機能する「本物の8時間」を正しく管理し、評価すること。
甘い逆転ストーリーの宣伝に惑わされず、人間の認知の限界を見据えた科学的に正しい努力を積み重ねることこそが、この夏休みに子どもの学力を確実に伸ばすための確実な選択肢となります。


