「井戸を掘る」だけでは無意味/塾の仕事
「井戸掘り」というボランティア/悪い言い方をすれば自己満足?
先日youtubeを見ていると、開発途上国、特にアフリカや中東の水不足の国々で「井戸掘り」というボランティアに従事する方々の話がありました。もちろん、その行動は尊いもので私などはマネできないものですが、塾と似通ったところがあるなと思い見ていました。
私の興味を引いたのは、ボランティアが苦労して掘ったその井戸が数ヶ月もせずに使えなくなっていることが非常に多いということです。多くの最貧国では、住民はまた遠くまで汚れた水を運ぶことになっています。別に内戦などで井戸が破壊されたからではありません。住民がメインテナンスをしないからです。
もちろん、ボランティアの方々はメインテナンスの仕方も指導していくはずですし、今や最貧国とはいえネット環境はあり、スマホも普及していますから、細かい状況が言語で通じなくてもスマホで写真を送れば済みます。困ったことがあって聞こうと思えばボランティアに連絡を取って対処方法を聞くぐらいのことはできるでしょう。ところが、彼らはそれをしない。私は最貧国には行ったことはありませんが、ヨーローパでは貧しいと言われる南欧の国々にはしばしば行きます。そして、なぜ彼らが貧しさに甘んじているのか、彼らの働き方を見れば納得します。「そら、これじゃあしょうないわな・・」
民族性、歴史、文化、いろいろな側面があるでしょうが、要するに怠け者なんです。目の前の安楽さえあれば、将来の苦労なんて考えない。
塾の仕事は井戸掘りより、井戸のメインテナンス/これがムリゲーかというほどキツイ
これは子供の学習も同じです。成績の芳しくない子供に、いくら勉強のやり方を教えても、答えの出し方を教えても、将来を見つめて彼らがそれを続けて成績を上げていこうとしなければ無意味です。
勉強の教え方が上手い、分かりやすい、難問も解けるなどと言われても、私は嬉しくありません。塾や講師の自己満足はくすぐるかも知れませんが、成績が上がってそれを維持できないことには塾の存在価値などありません。でも、メインテナンスをして学習を続けさせるというのは大変なんですよ。努力が継続せずに教えてもすぐに忘れる8割がたの生徒では、上の井戸掘りと同じなんですから。井戸を掘るより、枯れささないように見張るほうが大変なんですよ。絶えず緊張して相手の怠け癖が復活しないように注意して置かなければいけない。進学校で一教えれば十生徒の方で解決してくれる授業なんて、公立中学や中堅高校の学習のメインテナンスに比べればアホほど楽なもんですよ。
でもね、このメインテナンスを口うるさく言わないといけないうちは生徒の成績なんか上がらないんです。井戸も枯れささないようにするのがやっとでしょう。メインテナンスなど放って置いてもやりだし、住民が自ら違う井戸を掘り、畑を耕やすように仕向けなければ、何本井戸を掘っても同じです。学習指導もまったく同じです。問題の解き方を教えることなんかより、生徒が自ら走り出すようにできるかどうかが鍵なんです。そうできれば、私の勝ちです。
でも、まあ自分から井戸を掘る生徒にならなくても、私が掘った井戸を使い続けてくれる生徒ならまだ良いですよ。塾の仕事とはそんなものです。ところが、熱心に指導すればするほど生徒からは嫌われ、挙句に井戸を掘ったのも忘れてテストで酷い点数を取ってきて、状況も分かっていない親から「塾にはもう行きたくないと行っています。」なんて冷たい声の電話が来たら、もう嫌になってくることもあります。しょっちゅうあります。
ボランティアの井戸掘りの方々も、せっかく掘った放置されて枯れた井戸を見て嫌にならないんですかね?おそらく、掘って水が出て、みんなから感謝されて、そのいい場面だけ見て離れられるからボランティアできるんでしょうねぇ。震災のボランティアも似たようなところがありますよね。本当に厳しいのは、家が片付いた後の経済的困難です。でも、そんな厳しい戦いを一緒にしてくれるボランティアはいない。辛いボランティアなどやりたくないからです。この辛いところまでするのが、塾のお仕事なんです。
無意味な識者の意見/賢バカの典型
まあ、テレビに出てくる有名大学を出た評論家なんて、この事がまったく分かっていないんですよ。だって、少なくとも高校生の15歳のときから大学・社会人と自分から努力しない人間となんか一緒に過ごしたことはないんですから。だから、成績が上がらないと困っている保護者の方の参考には何もなりません。せっかく掘ってもらって毎日キレイで安心な水が家の前で汲めるのに、メインテナンスを放り出して、また数カ月後に遠くまで汚染された水を運びに行く連中の頭の構造なんて分からないんですから、こういう方々の机上の空論など無意味です。
だから、この苦労をわかっていない経営者なんかが「引退したら、教育に関わって若い芽を育て・・・」とか言い出すんです。何十年も自分の周りには「アレ!」といえば、「アレも、ソレも、コレも」してくれる優秀な人材ばかりに囲まれて来たからです。一度、公立中学や中堅の高校に行って「教育」をしてみたらいいんです。こういう爺さんは3日で投げ出しますよ。
だから、進学塾や進学校はメインテナンス不要の生徒を集める/その進学実績に騙される愚かな親
そりゃあ、解き方や勉強のやり方を教えて、それで「分かりました」ってやってくれる生徒を集めれば、楽なことこの上ない。一度教えれば、後は生徒が努力して、中には自分なりに改善して、成績を勝手に上げていってくれます。勝手に次の井戸を掘って、畑を作って働いてくれるんですよ。
これを進学塾や進学校の実力と勘違いして、その輝かしい進学実績に目が眩んで下の方のクラスや成績で放り込む親御さんが多い・・・正直申し上げて、バカだと思います。それは塾や学校の実力ではなく、生徒の能力です。そういう塾や学校が優れているのは、看板で優秀な生徒が集められるネームバリューです。
それが進学塾です。そういう生徒の進学実績に目が眩んで、井戸のメインテナンスもせずに「水が出た。ラッキー。」っているだけの子供を進学塾に放り込んで、どうかなると思ってるんですかねぇ。
開発途上の生徒は授業料徴収要員に過ぎない
でもね、下位クラスの進学実績はそういう進学塾や有名校ところではカウントされてないんですよ。だって宣伝になりませんから。進学校で「京大・阪大〇〇人合格の陰で、実は甲南大学、神戸学院大学◇◇人合格!」ってパンフに載せてるとこありますか?それを分かって放り込むのなら別に構いませんけれど。
そういう塾や学校では、下位クラスの生徒に熱心に指導や学習のメインテナンスなんてしませんよ。上に書いてきた通りです。だって、どうせ熱心指導しても、それを受け取る生徒は少数だし、受け取って成績を上げたとしても塾や学校の宣伝になるほどの学校に進学してくれるわけでもない。ネームバリューで高く設定された授業料を搾り取るだけで、後は野放しです。一つすることといえば、成績が上がらないときに親への言い訳にするため、役にも立たずに出来もしない宿題を丸投げすることです。だって、進学実績は上のクラスの生徒が勝手に井戸を掘って頑張って作ってくれるんですから、わざわざ泥水に顔を突っ込む必要はないんです。「スイミングスクールと学習塾や進学校は同じビジネス手法です」「通知簿3の生徒を採らない進学塾/その理由」に書いた通りです。
井戸掘りはボランティアの自己満足と授業料搾取のため
そりゃあ、有名校の制服を着せてあげれば、親も子供も大喜びです。高い授業料も払うでしょう・・・で、それで何なんですか?肝心なことは、それぞれのお子さんに見合った努力をキチンとさせて、生徒も親も満足する大学に行かせて、「良かった」と思える就職を手に入れてでしょう。重要なのは、井戸を掘るだけの塾や学校ではないはずです。