思考と努力の跡がないノートなど無用/まとめノートなど成績不良の証

成績の良くない生徒の定番の学習方法

最近入塾した生徒に「問題集をやれ」というと、問題を解く前に、「「まとめノート」を作る愚行 バイブルとなる参考書を作れ」の例のごとく問題集の問題の前にある「学習のポイント」的なところをノートに書き写し始めました。私は、例のごとく、「そんなもの書き写す生徒でマトモな成績を取る生徒など見たことがない。書き写すんではなくて、おぼえろ!そして、おぼえたら解け!」とがなり立てたのでございます。

まとめノートを作る生徒は怠けもの

綺麗にまとめたノートを作る学習などムダの極みです。自分で考え解く、一生懸命おぼえる、こういう苦労を伴うしんどい学習が嫌だから、教科書や参考書を丸写しして何色ものペンでかき分ける「塗り絵」をしているに過ぎません。その証拠に、こういう生徒は、学習から逃げ出すように「まとめノート」の塗り絵をテスト前に必ず始めますが、そのまとめ自体場当たり的にアチラコチラのノートに作っているので、自分でどこにまとめたのかも分からずに後から見返すことも出来ないんです。

こんな学習をする生徒に、「じゃあ、まとめたところのポイントを箇条書きで言え。」と言って、まとめたポイントを言えた生徒など500人以上の個別指導をしてきた私には経験がありません。

そんなまとめノートなんか作らなくても、今の優秀な問題集や参考書は分かりやすくポイントをまとめて書いています。社会などの教科書がわかりにくければ、優しい解説書が売っているし、ポイントをまとめた小さな参考書も売っています。自分でやる「作業」ではありません。「学習」とはおぼえ・理解し・自分でできるようにすることです。

他社の業務計画を丸写ししたパワーポイントを作って、「キミはどういう考えで、この案を作ったの?」と上司に聞かれて「分かりません。」なんて言ってる社員ならクビでしょう。まったく同じことです。

本当のノート・・・自分の思考の証

私はそういうまとめノートをしている生徒で成績の良い生徒を見たことがありません。そんな暇があれば、成績の良い生徒は必死で問題を解いてますよ。

とはいえ、私もノートと言うか、自分でまとめた紙をファイルしたものを1冊持っていました。入試にも持っていきました。それは、記述問題の対策として私がまとめたレジュメです。

記述問題は使用しなければいけない用語、その用語の使い方が決まっています。そして、多くの問題ではその用語を複数組み合わせて最適な解答を作り上げていくわけです。「200字で説明せよ」なんて言う理科や社会の国立大二次なんかはこういう対策が必須なわけです。だから私は用語の使い方、その組み合わせ方などを自分でまとめたレジュメを作っていました。レポート用紙に書きなぐったのをファイルにしていただけなんですけれどもね。

こういう「思考」が伴ったレベルのノートでないと、ノート作りは不要です。少なくともノート作りに逃げる学習を許すべきではありません。

私立大学では筆記対策用/予備校の金儲け

最近は「立命館は記述式だ」とか言って、大騒ぎして生徒を取り込もうとする予備校なんか多いですが、学校のテストができていれば対策など一切必要ありません。だって、せいぜい歴史語句と20字くらいの説明を書く程度ですよ。教科書をおぼて重要語句の説明を書く程度のことです。定期テストで書く筆記と同じです。何の対策する必要がある?国語の記述も本文中の文章をほぼ抜き出すだけです。

こういうのを「記述テスト」と大騒ぎして「対策」と言って生徒や親を煽って金を儲けるのが教育ビジネスです。まあ、入試問題のチラ見もせずに乗せられる生徒と親が大勢いるからこういうことができるんです。立命館ぐらい、学校で配られた問題集きちんとしておけば通るちゅうねん。バカらしい。ソラ、入試問題を見たこともなく、記述問題の中身も知らないんだから、入試問題の内容など吟味したこともないんでしょう。だから騙されるんですよ。大手銀行の看板にごまかされて窓口で投資信託や外貨保険売りつけられるのと同じです。

大人数が受験する大規模な私立大学のテストで、国立二次並みのマトモな筆記試験なんかしたら、採点にどれだけ手間がかかると思います?するわけ無いじゃん。

ノートを作る必要がある生徒は、上位の国立大学で長大な記述問題が出る生徒のみです。95%の生徒には関係ありません。関西四私大クラスで、記述試験用の対策をしないで落ちたとか、記述対策で合格したとかいう経験は、私には一切ございません。

板書なんかスマホの写真で十分だと思うのだが・・・

ということで、板書なんかも一生懸命写す暇があれば、教科書や参考書を読みながら教師の授業を聞いて「考える」のが最良の授業の受け方です。教師の板書の9割以上は教科書や参考書そのまんまです。教科書に載っていないことで、教師が気の利いたことを言ったら、教科書などに書き込めばいいだけです。会議や講演会で演者の話も聞かずに必死でOHP写している大人いますか?まず、一生懸命に聞いて、気づいたことがあればパンフレットや資料に書き込むでしょう? 板書なんかスマホで撮ればいいんですよ。

でも、一生懸命書いた板書を生徒がスマホでパシャじゃあ、教師は怒るでしょうな。逆に、教師もなんでいちいち板書する必要があるんでしょう?板書することんなんかほとんど教科書に書いてあるのに・・・教科書に書いていない大切なことだけを黒板で説明する、あるいはOHPで解説して教科書に書き込ませれば十分なんじゃないの? 板書止めれば教師の作業量も減って、本当に大切な「説明」に注力できるんじゃないんですかね? 生徒に背を向けてずっと黒板に書いていて、まともに生徒とコミュニケーションを取って説明できるわけないでしょう。

私、板書を一生懸命して、その通りに写させたノートを提出させて平常点に加える教師などダメだと思います。教えることに自信があれば、生徒の理解力が反映される問題をテストで作ってしっかりと確認すればいいんです。生徒に理解もさせていないのにノートだけ提出させて体裁を整えようなんか、無能かお役所仕事かのどちらかです。

教師のアリバイ作りのためのノートなんか・・

こういうノート提出の教師ほど、自分の板書のとおり写されているノートを見ては悦に入り、途中式から答まで解答冊子丸写しのノートに「よくできました」のスタンプを押して「オレのノルマ終了!」ってやります。会社にもいましたけどね・・・都合悪くなると自分の上司に「ホラ、部下にこの通り書類を提出させています。私はキチンと指導しています。」っていう上司。飛ばされましたけどね。

学校だけですよね。こういう形式だけのくだらない管理が許されるのは。実質的な生徒の管理をきちんとしている教師は本当に少ない。中学校で、生徒を呼び出して、「丸写しのノート作って、こんなテストの点数取って、どういうつもりやねん。」って怒る教師など聞いたことがありません。高校なんかなら、スマホで板書写そうが放っておけばいいんです。キチンと理解度を測るテスト作って赤点なら落第させればいいだけです。

まあ、改善は無理でしょう。こんな教育環境って二十年も変わってませんから。親の介入が多くなってきて、余計に「ノート提出」とか「宿題提出」で「私ちゃんとやってます。」的な保身に走る教師が増えて来ました。学校ってマトモな評価も査定もない公務員の上に、さらに「特殊な教育現場」ってやつで「教師の独立裁量権」が高い職場ですから、改善のしようなんてありませんからね。

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芦屋で500人以上、個別指導20年のベテラン講師が、毎日・全教科、中学生と高校生を指導します。御影高校・神戸高校、関西学院・同志社・神戸大学・大阪大学を目指す特進個別塾です。