勉強ができる顔つきの不思議/人生は顔に刻まれない

年配者の顔つき・・・顔は男の器や地位を表すのか?

良く、「30歳になったら自分の顔に責任を持て」などと言われます。これは、男の表情や威厳を社会的地位が作ることを意味しています。これは本当なんでしょうか?

私が通っているスポーツクラブは、平日の日中は老人と奥様ばかりです。そこに集まっている老人を見ると、中には大企業で役員だったような方、あるいは商売などをして芦屋でお金持ちの方、そして普通の方・・・様々な方がおられます。ところが、所得格差もあるし、それ相応の歩んできた道も違う60才代、70才代の男たちが同じようなTシャツ・短パン姿でいるのを見ると、まったく見分けがつかない。

男は、それ相応の髪型、それ相応のスーツを着てふんぞり返っていないと、それ相応には見えないんです。だから、このことわざはウソだと私は思っています。正しくは「30歳になったら自分の地位と身だしなみには責任を持て」だと思います。女性の場合も同様ですが、女性の場合はキレイに化粧をしてきているかとか、Tシャツと言っても少し気の利いたもの来ているかで少しは印象が変わりますが、それが生活レベルを表しているかまでは分かりません。なんか、普通のオバちゃんがスゴいベンツに乗っていることもあるし、逆に綺麗にしたおしているご婦人がコンパクトカーのこともあります。

もっとも、本当に生活に困っている方はスポーツクラブには来ていないので、そういう方の話は除外しています。おそらく、ある一定の以下の貧困は顔つきに出ると思います。でも、それは純粋な表情ではなく、抜けた歯が入っていないとか、ファウンデーションもせずにいるので皺や日焼けが刻み込まれているとか、そういうことだと思います。

生徒の顔つき・・・顔つきは成績を表すのか?

ところが、自分の顔に責任を持たなくていい子供の場合、同じ制服やTシャツを着ていても、その顔つきで成績が良いかどうかは、あらかた見当がつきます。もちろん例外もあります。

やはり、しっかりとして知的な顔つきをしている子供は成績が良いことが多いです。目の間が離れているような間の抜けた表情をしている子供は成績が悪いことが多い。この差は一目で見分けられます。子供のことですから、話などを聞いてもよく分からないこともあるのですが、その表情を見れば一発で分かります。下手に話を聞くと、勉強はからっきしで、行動もだらしない子供でも、その場その場のお話だけはスラスラする子供が一定数いて、これに騙されます。だから、事件報道などで「挨拶もしっかりとして、キチンと話もできるいい子だったのに・・・」というのは、子供のことを全く知らないステレオタイプの人間に向けた情報です。

例外として、ボーっとした表情あるいは落ち着きのない行動でダメだと思っていても、ものすごく成績が良い場合もあります。いわゆる、少し学習障害気味の子供です。これも、特徴がありますので、あらかた推測はつきます。

ですから、人生の歴史を刻んだ大人の顔より、まったく苦労も知らない子供の顔の方が、中身が分かりやすいのです。

ということで、人生の歴史は顔には刻まれません

大人など身ぐるみ剥いで化粧も落とさせて素っ裸にしたら区別なんかつきません。素晴らしく有能な経営者でも、知力が高い学者でも、そのへんのおいちゃんでも、スポーツクラブに来れば全く差が分かりません。でも、子供は同じ体操着を着せても、勉強ができるのか、賢いのかすぐに分かります。何故なんでしょうねえ。

おそらく後天的な体験より、先天的な遺伝形質のほうが強烈なんでしょうねぇ。生きていくうちに、その遺伝形質は、地位や環境は違えども、みんな同じような苦労を重ねていく中で埋もれていくんでしょうか?私には分かりません。

大人でもすぐに分かる顔つきの例外

スポーツクラブでも60歳・70歳の顔を見てもすぐ分かる顔つき、それは、子供の頃ヤンキーだった顔です。何歳になっても、その眼つきや表情ですぐに分かります。アレは人生という後天的なものではなく、先天的なものなんでしょうねぇ。そして、どんな人生を送っても、消えないほど強烈な遺伝形質なんでしょう・・・ジジイになってもアイツら群れるんですよ。ヤンキーの本能なんでしょうかねぇ。

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